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3章:孤独な低音が生まれ変わる瞬間 3

翌日、俺は郁斗にもう一度帆乃風を説得する為の相談をすることにした。で、此所は“クリエイト・クリステラ・ヘアー”、略して“クリクリ”。


「いやあ〜悪かったねぇ、あれから休みが無くって忙しかったんだよねオレ。」


「いや、いいんだ。俺も3日間モヤモヤしながらだけど色々とあったから。」


今日のクリクリは定休日で、店内は当然の如くガランとしていた。実は郁斗は鍵を持っているので自由に出入り出来るらしい。鼻歌混じりの慣れた手つきで、コーヒーを入れている郁斗。随分とご機嫌だな。なんか説得の秘策でもあるのか?


「その様子だと、何とか上手くいけそうなのか?」


「まあね。はい召し上がれ。」


テーブルにケーキとコーヒーが置かれる。

小腹が空いてた俺は遠慮なくそれらを頂く。渋みの強いコーヒーにチョコベースの生地にバナナが練り込まれたケーキが絶妙だった。しかしこの頃妙にチョコとバナナが絡んでくるな。


「なあ、郁斗。」


「ん?」


「アイツはさ、きっと仲間になってくれるよな?アイツの過去に何があったって俺は構わない。ちょっとイジけてるだけだよな?」


「ああ、ま、それは彼女次第かな。」


「そっか…。郁斗は人に言えない過去とかあるのか?」


「さあ、どうだろうね?」


郁斗は俺の質問を曖昧にかわしてシザーとコームで弄び始める。


「ま、どうでもいいよな昔のことなんて。明日咲姫を連れて3人でもう一度工場に行こうぜ。今日は咲姫と連絡ついたら郁斗にメールするよ。」


「分かった。じゃあまたね、エー坊。」


俺はコーヒーを飲み干してクリクリを後にした。

翌日夕方、郁斗は俺と咲姫を乗せて車を走らせていた。行き先は“滝川モータース”。


「分かってると思うけど、今日は帆乃風をメンバーに加える最後のチャンスと言ってもいい。オレ達の想いを最大限に伝えれば、必ず仲間になってくれると思うよ。」


「そうね、ちょっと強敵だけど読み方によっては友ともいえる!」


「いや、オマエ、何度も言うけど敵じゃないから!間違ってもこの前みたいのは無しだからな!」


「行くぞっ野郎ども!敵は滝川モータースにありっ!!」


「人の話を聞けぇーい!!」


こんなんで大丈夫かな?郁斗はともかく、咲姫は置いてきた方がよかったかもしれないな〜。先行きが不安だよ、俺は。


工場の敷地内に着くと俺達はまず事務所に向かった。だが、隣の整備場で虚ろげに座り込んでる帆乃風の姿を発見した。


「やあ、ごきげんよう!」


郁斗が躊躇いなく彼女に声を掛けた。


「あ、あなた達!?…何の用?!前にも言ったけど、私に話す事は何もないわ!」


「じゃあオレが勝手に喋るさ。」


郁斗はぐるっと周りをみて、


「いやあー良い工場だねー。車も綺麗に整備されてるしー!今度車検ココに入れようかなー。おっ?!板金もやってるんだー!この前サッキーに運転代わったら、左後ろをぶつけられてさー。」


郁斗は笑顔で全く関係ない話を始めた。しかも何故かわざとらしく棒読みで。


「ちょ、郁斗!何言ってんの?!アタシ運転どころか、免許も持ってナゴッ…!?」


俺は咲姫の口を塞ぎ、小声で耳打ちする。


「咲姫、まずは郁斗に任せよう。」


咲姫は俺に口を塞がれたままウンウンと頷く。


「なら、ウチの板金に入れたらどう?直りそうになかったら格安でスクラップにしてあげてもいいわ。」


恐ろしい事をさらりと言う帆乃風。うおーい郁斗ー!!ホントに大丈夫か?これじゃあ前回の咲姫の二の舞いになりかねないかも。

ヒヤヒヤする俺を尻目に郁斗はそのまま続ける。


「でもスクラップはないと思うよ〜。ココには凄腕のメカニックさんがいるんだしね。…噂によるとその人は現役で凄腕のベーシストでもあるらしい。」


「…?!」

「…!?」

「…ッ?!」


その場にいた郁斗以外全員が驚いた。特に帆乃風が最も動揺していた。


「な、何のことを言ってるのあなたは?前にも言ったでしょう、私はもうベースを弾いていないと、とっくの昔に捨てたと…」


郁斗は帆乃風を遮って言う。


「それは嘘だね。キミは今でもベースを弾いている。」


どういうことだ?郁斗?なんでそんなこと分かるんだ?まさか、お前も…超能力者?!


「あの時、キミの手を握った時、全て解ったんだ!キミの右手指にベースの指弾き特有の堅さがあったからね!」


「なッ!?」


「言い逃れは出来ないよ!あの堅さは指先に激しい機械的作用がないとできない堅さ、整備の工具を握ってるぐらいじゃ再現はムリだね!仮にもしそんな工具があるなら今ココに持って来てもらおうかな?」


「…。」


黙り込む帆乃風に郁斗はさらに笑顔で続けた。


「そして初心者なら赤く腫れたり、水膨れが出来たりする。だけどキミにはそれがない。つまりキミはかなり腕の立つベーシスト…」


「もういい…」


「はい?」


「もういいわっ!!たくさんよ!何なの一体!?私が何をしたって言うの?私を傷つけてそんなに楽しいのっ!?」


帆乃風が怒りに任せて叫ぶ。


「それは違うッ!!」


突如咲姫が負けずに叫んだ。うぉっ激しく嫌な予感が…。しかし、郁斗を見ると頷いていた。俺は仕方なくそのまま見守る事にした。頼むから余計な事はするなよ咲姫〜!


「アンタを傷つけてるのはアンタ自身よ!」


「なんですって?!」


「どうしてアンタはそんなに頑張るの?」


「う、うるさい!」


「どうしてアンタはそんなに強がるの?」


「黙って!」


「どうして自分に嘘をつくの!?」


「うるさい!黙ってッ!何なのよあなたは?!私のことはほっといてよ!!わかったら今すぐ帰って!!」


「…アタシはさ、さっきの郁斗の話で本当のアンタを、帆乃風を知って思ったの。アタシと帆乃風はよく似てるって。自分を守ろうとして見えないところでベース弾いてる帆乃風と、いつも愛想振りまいて明るい笑顔で歌ってる、けど本当は寂しがりで強がってるアタシがさ。」


「…!?」


「…でも実は全然似てなんかいなかった。前に逃げるなって帆乃風に言ったけど、逃げていたのはアタシの方。あの時アタシ偉そうに啖呵切ったけど、本当は自分に言った気がしたんだ。そう、アタシはいつも逃げてばかりの負け犬。帆乃風はたった一人で頑張っている。そんな帆乃風が羨ましくて、妬ましかった!」


「…。」


だけどもう決めたんだ!アタシはもう逃げたりしない!アタシからも帆乃風からも!だから…だからもう一人で頑張らなくていい!アタシ達と一緒にやろうよ!アタシはアンタが…帆乃風が必要なの!帆乃風と一緒にバンドやりたいのっ!!」


「まだそんなことを…!」


「怖いんだよな?また裏切られるのが。」


今度は俺が切り出した。


「大丈夫だ!俺も郁斗も咲姫も裏切ったりはしない。だからもう嘘つかなくたっていいんだぜ!」


「私は…」


咲姫が言う。


「アタシ達の前では弱くてもいい、泣いちゃってもいい!素直な帆乃風でいて欲しいの!」


いつの間にか咲姫は泣いているようだった。


「私っ、本当は私っ…ベースが弾きたいっ…バンドでベースがやりたいのっ!だからっ…だからっ、私もっ…仲間に入れて欲しいのっ!」


帆乃風は涙ぐむ声を振り絞って必死に訴えた。


「よっし、決まりだね!宜しく帆乃風!」


「ふっうっああああああ…!」


帆乃風は膝が折れてしまい、咲姫に抱き付いて声を上げただただ泣いた。そんな帆乃風を咲姫はそっと抱き締めた。

どうやら帆乃風は心を開いてくれたようだ。それも郁斗のおかげだな。咲姫もよく頑張ったよな。結局二人にいい所全部持ってかれちまったよ、俺は。でもいいか、帆乃風が仲間になってくれただけで有り難いよ。彼女ならきっと俺達の力強いメンバーになってくれるさ!俺はそう信じている。


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