2章:光る鍵盤が音を紡ぐ瞬間 2
今俺は自宅で電話をしている。
「郁斗さんはバンドの経験あるんですか?」
「実はないんだ。それと郁斗でいいし、タメでいいよ。そうだなぁ〜オレも君のことをエー坊と呼んでいい?」
「エー坊って…まぁいいですけど。じゃあ郁斗は一人でキーボードやってたんだ。」
「まぁそんなところだね。今度音合わせしようか?サッキーも一緒に!」
サッキーとは咲姫のことである。郁斗はあだ名で呼ぶのが好きらしい。
「そうだな!曲決まったら連絡頼むよ。アイツには明日話しておくわ。」
「ああ!じゃあ今日はこれで。またねエー坊。」
「じゃあまた、郁斗!」
そう言って俺は電話を切った。郁斗、彼はちょっとズレてるところがあるが、悪いヤツではなさそうだ。それに俺達にとって力強い味方になってくれそうだし。そして美容師でイケメンってところがイイね!事実彼のおかげで俺もカッコよくなれたしな。バンドのスタイリストを兼ねてもらうのも悪くない。俺はそう考えながら眠りについた。
翌日、キャンパス内の学生食堂。俺は咲姫を呼び出して真行と3人で昼食を取ることにした。
真行は酢豚定食に豚汁、咲姫はサンドイッチとサラダ、俺は味噌ラーメンに卵を載せて席に着く。
「んで郁斗のことなんだけど、今度音合わせしたいって言って曲を持ってくるそうだ。」
「さっすがー!!ま、アタシに歌えない曲はないっ!!どんな曲でも持ってきなさい!」
「いよっさすが咲姫ちゃん、期待してるよっ!」
「フフフ、せいぜいアタシの足を引っ張らないよう気をつけときなさいっ!」
なんだ咲姫のこの傲慢な態度は?しかも真行のアオリでさらにターボが掛かってるし…。
「で鋭士、そのキーボードの彼はどんなヤツ?」
「ああ、郁斗か?美容師でイケメン、キーボード歴5年で作曲、アレンジも出来る。俺達にとっちゃあ嬉しい存在だよ。」
「美容師でイケメン…ライバル出現てやつか!?」
なんのライバルだよ。てか、キーボードを評価してくれよ!
「ま、アタシにとっちゃヴォーカリストの引き立て役に過ぎない、重要なポジションとだけ言っておこう。」
コイツもコイツで勝手なこと言ってるし。カッコイイつもりかっての!爪楊枝でシーシーしてる咲姫にツッコミたいのを我慢して、俺は味噌ラーメンのスープを飲み干した。
「まぁとにかく楽しくやろうぜ!」
「うん!」
「頑張れよ!」
食事を終えた俺は、午後の講義中にメールを受信した。差出人は郁斗。
「こんにちは、例の音合わせの件で曲を決めました。一度聴いてもらいたいので後ほど会いましょう。サッキーにもよろしくです。」
との内容。
おおっ曲が決まったのか!どんな曲だ?早く聴きてぇ〜!!俺は了解のメールを郁斗に、この件のメールを咲姫に送った。教授にバレないようにね。
「やあ、エー坊、サッキー!!こっちだよー!」
場所は変わって夕刻の近くのファストフード店。俺と咲姫は郁斗の呼び出しでここに着ていた。郁斗は4人用テーブルにハンバーガーとポテト、ドリンクを人数分用意して待っていた。なんとも律儀な男である。
「まぁ座って座って。」
「どもッス!」
「あ、ちょうどよかったおなか空いてたのよね、アタシ!」
郁斗が席に促すや否や、咲姫は当然の如くポテトをつまみだす。いただきますぐらい言えってオイ!
「忙しいところ悪いね。で、本題なんだけど、オレが即興で造った曲で合わせてみたいんだ。サンプルがこれなんだけど、まず聴いてみてもらえるかな?」
そう言って郁斗はipodを俺に差し出した。咲姫にイヤホンの片割れを渡して再生する。
聴いた感想は…カッコイイ!!しかしこの曲16ビートがベースでテンポはゆっくりだが、何故かリズムが狂う。その上さりげなく随所にギターのテクニカルなリフが組み込まれていて、ソロに至ってはとても弾ける自信がない。まるでプログレッシヴの塊のような曲だった。
「カッコイイ曲だと思うけど、ギター大丈夫かな?…でもやれるだけやってみるか。」
「うん、ちょっと難しそうだけど、アタシ頑張るよ!」
俺と咲姫は無難に郁斗に感想を述べた。
「そりゃあよかったよ!あとこれがスコアね。そのipodは貸してあげるから適当にデータコピーしていいよ。何か質問はあるかな?」
「あ〜、このサンプルは誰が歌ってるの?」
咲姫が聞く。
「これは今流行りの初音○クだね。これを参考にサッキーVer.にアレンジしてもらえればいいよ。」
「ふーん、わかった。頑張ってみるね!」
咲姫はハンバーガーを頬張りながら左手の親指を立てる。
「ああ、俺からも。このギターソロ、正直自信ないんだけど、どうしたらいい?」
俺はスコアに記されていた6連譜の速弾きギターソロを指差して郁斗に聞いた。
「そうだね〜。無理そうならそこだけバッキングに移行してもらってもいいよ。あとはオレがなんとかするさ。」
「そうか、とりあえずやれるだけやってダメなら頼むわ。」
「O.K.任せなさい。」
郁斗は笑顔で親指を立てた。
「よっし、それじゃあ各自練習で何かあれば連絡してみてね。じゃあこれ食って解散!」
よっしゃあやったるぜ!だんだん面白くてなってきたな。今日帰ったら早速練習だ。