2章:光る鍵盤が音を紡ぐ瞬間 1
「えいちゃん、えいちゃん?何読んでるの?」
数日後の夕方。ここは自転車愛好会、通称チャリ部の一室。俺はソファーに座ってお茶をすすりながらある雑誌を見ている。そこに舞がスパナを拭きながら興味津々に寄ってきた。
「男のモテ髪500スタイル…。」
「えいちゃん、髪切りたいの?」
「ああ、まあな。」
なぜ俺がこんな雑誌を見ているのか。それは昨日の咲姫との会話で…。
☆☆☆
「そーいや前から思ってたんだけど、アンタ随分髪長いよね?伸ばしてんのソレ?」
「いや、別にそういうつもりじゃないが…ただ切りに行くのが面倒なだけ。」
「じゃあイメチェンも兼ねて切ったらいいんじゃない?あんまり長いとウザったいだろうし、今の髪型はぶっちゃけネクラ君だし。」
「悪かったな!ネクラ君で。でも確かに切ってサッパリしたいっちゃしたいな。…美容室でも行ってみるかな。」
「あ、ならアタシの行きつけの店があるんだけど一緒に行かない?アタシも前髪作りたいからさ!」
☆☆☆
…てなわけで今日これから美容室に行くことになっちゃってるんだよね、俺。髪型なんて本当はどうでもいいんだが…。ぱらぱらと雑誌をめくるがイマイチピンとくる髪型がない。お茶だけが無情に進む。
「なあ舞、俺ってどんな髪型が似合うと思う?」
舞に雑誌を見せて聞いてみた。
「う〜ん、あっ、こんなのどうかな?」
舞が指差したページに載っていた髪型は…ハードモヒカン。しかも後ろが長くて三つ編み状態。
「却下。」
「えぇ〜そんなぁ〜。」
こんな髪型で表を歩ける自信がない。しかもこのモデル眉剃り落としてるぞ?!怖え〜よ!てか、この髪型もモテスタイルの一つなのか?
見ている雑誌にはいろんな髪型が載っているが、あくまでもそれは雑誌の中のイケメン君の髪型。実際にカットする俺とは雰囲気が違ってくる。だから俺は悩んでいた。
うーん、ショートスタイルにするか、思い切ってオシャレなボウズにしてみるか、無難に長めにカットするか、…決まらねぇ。
「おっともうこんな時間か。ちょっと行って来るわ美容室。」
「髪型決まったの?」
「いや、決まらないからおまかせでやってもらうわ。心配すんな、カッコよくなってくるから!」
「うん!頑張ってね〜、えいちゃん!」
舞に見送られた俺は大学を後にして、咲姫と待ち合わせしてるコンビニに向かった。着くとすでに咲姫は待っていた。
「遅いっ!ま、いいや、ジュース奢って!」
会うなり何この態度?ちょっとムッとしながらも謝る俺。
「悪い悪い、髪型がなかなか決まらなくて。ジュースは帰りに奢ってやるから、早く行こうぜ美容室。」
「ふ〜ん、で決まったの?髪型。」
歩きながら咲姫は聞いてきた。
「いや、結局決まんなくて、おまかせでやってもらうことにするわ。」
「はぁ?!アンタねぇ、自分の髪型くらい自分で決めなさいよ!なっさけない!」
「実はさっきまで雑誌見てたんだけど、どれもこれもイマイチ決まんなくて…」
俺は咲姫に雑誌を渡すと咲姫はぱらぱらとページを捲る。
「あっ、これなんかイイんじゃない?」
咲姫が指差したページに載っていた髪型は…ハードモヒカン。しかも後ろが長くて三つ編み状態。
「却下!!」
「???!?」
咲姫の行きつけの店はそんなに遠くなかったので10分くらい歩いて到着した。店名は“クリエイト・クリステラ・ヘアー”。なかなかオシャレな店で俺には場違いな気がするんだが、大丈夫かな?俺は不安な気持ちのまま咲姫に引っ張られる様にして入店した。
「こんにちわ!」
「ああ、咲姫ちゃんかい、待ってたよ!さあ座って座って。」
出迎えてくれたのは40代くらいのオジサン。恐らくこの店の店主だろう。短く刈り込んだ茶髪に揃えられた髭がお洒落なイメージだ。店内を見渡すと奥行きの広いスペースに、椅子が10台並んでいる。それとは別に椅子とテーブルが設置されているレストスペースもあっり、快適な空間に感じとられる。奥の椅子では従業員の女性が客の髪をドライヤーでセットしているところだった。
「あ、私は前髪だけ作って欲しいんだけど、この人もお願いしたいの。」
咲姫は俺を紹介すると、店主は従業員を呼ぶ。
「ちょっと待っててね、おーい郁斗!!お客さんだぞ!」
そう呼ばれて奥から現れたのは、ややロングな金髪ストレートでヒョロッとしたイケメン美容師だった。
「はじめまして、郁斗といいます。ご指名有り難うございます。」
「は、はぁ。宜しくです。」
まるでホストばりの接客に少々たじろいだが、名刺を受け取って俺は椅子に座る。
「え〜と、君の名前は?」
「鋭士です。」
「じゃあ鋭士くん、今日はどんな感じにしようか?」
「おまかせで出来ますか?」
キラッ☆
今、目が光ったよ?!光ったよね?!この郁斗ってヒト大丈夫かな?なんか嫌な予感がする。まさか…!?俺はその瞬間、雑誌に載ってた“ハードモヒカン後ろ三つ編み+眉剃り落し”が頭をよぎったもんだから、あわてて言い直した。
「あ、いや、あの、その…俺バンドやってて、ギタリストっぽい髪型にしたいんですけど。」
何言ってるんだ俺は。そんなのが通じるわけないよな。何か雑誌みたいなのを見せてもらおうと尋ねようとしたら、彼は言う。
「ギタリストっぽい髪型ね!O.K.!!結構バッサリ切ってトップは立ちやすい様に短めに前髪はザク切りで攻撃的に、サイドは毛束を造りつつタイトに、バックは気持ちハネさせて動きを出そうか、あと良かったらポイントカラーも入れてみるといいと思うよ!」
なんつーか区切りのない話し方。でも、なんかカッコよさそうだし、よくわからないが変な髪型ではなさそうだ。俺はそれでオーダーした。
そして2時間後。
「よ、おまたせ!」
「誰っ?!」
あまりの俺のイメチェンぶりにさすがの咲姫もビビったようだ。
「どうだ?カッコイイだろ!」
「…コイイ。」
「何?聞こえないぞ?」
「べ、別にカッコイイなんて思ってないから!前よりは少しマシになったって感じかな…。」
はぁ〜素直じゃないね。ま、咲姫らしいコメントだがな。俺は郁斗さんの提案通りにカットしてもらった。元々長かったから結構バッサリいったってところだ。最後にポイントで明るい茶色を入れてもらった。
「鋭士くん、ちょっといいかい?」
「はい?」
そこで俺は郁斗さんに唐突に呼ばれて振り向く。
「君はギタリストだったよね。どんなバンドなんだい?」
「あ、いや、バンドって言っても、まだ俺とヴォーカルしかいなくて…ちなみにヴォーカルはコイツです。」
「コイツって言うなっ!!あ、ヴォーカルの咲姫です!よろしくです!」
彼は納得した様子でさりげなく聞いてきた。
「なるほど、例えば君のバンドにキーボードがいたらいいなとか思わない?」
「えっ!?まぁ確かにいいと思います。でもなぜそれを今?」
「いやぁ〜実はオレ、バンドやりたくてキーボードやってるんだよね!なかなか加入が決まらなくて、そこにギタリストの君が現われた。可愛いヴォーカルちゃんに連れられてね。」
「か、可愛いだって!!どうしよぅ〜アタシもう解散していい?」
「は?!何言ってんのオマエ。」
郁斗さんは続ける。
「んで、単刀直入に言うと、オレは君達とやりたいな。キーボード歴5年、作曲、アレンジもできるよ。どうかな?君達にとっても悪い話ではないと思うけどね。」
俺は浮かれてる咲姫をつまんで耳打ちした。
「…なぁどうする?あぁ言ってるけど。」
「え?アタシはキーボードいてもいいと思うけど…」
「曲も作れるって言ってるしな。一緒にやってみるか?」
「うん、そうだネ!」
どうやら交渉成立のようだ。俺は右手を郁斗さんに差し出す。
「ギターの鋭士です。こっちはヴォーカルの咲姫。よろしくです!」
「改めて、キーボードの郁斗です。ま、宜しくね!」
まさかのキーボード加入で思わぬ展開に向かい始める俺達。美容室を後にした俺は、高まるテンションを隠しきれそうになかった。