手を伸ばして
時間があったので書いてみました。
あの日は世界中のオレンジを思いっきりひっくり返したようなそんな空だった。君はそんな空に向かって手を伸ばして、そして、何も言わないまま遠くの陽が沈むのをじっとみていた。そのときの表情があまりにも悲しそうだったのを今になって思い出している。
夏の終わり。窓から入ってくる秋風が髪をやさしく撫でる。私は半袖の制服から長袖に変えたばかりで違和感のある袖を結局何度か折っていた。ホームルームが終わった放課後の教室は小鳥の囀りさえはっきりと聞こえるくらい静かで、気が付けば私だけが残っていた。窓から見えるグラウンドには野球部が真っ白なユニフォームを着てブラシで土を均していた。
「悪い、待った?」
廊下側から男子の声。シャツの第二ボタンをはずして裾を全部外に出してだらしない。
私は不機嫌そうな顔をして横目で四時を過ぎた時計を見ると、彼――秋本翔大は手のひらを頭の上で合わせて謝るのだった。野球部の彼にグラウンドを無言で指をさす。すると、
「いいんだ。ケガをした俺を使う監督なんていないさ。それより帰ろうぜ」
帰りにコンビニにアイスを買ってもらう約束をして静かな教室を後にした。階段を下りている途中に翔大は財布の中を覗き込んで小さくため息をついていた。
コンビニでカップアイスを買ってもらったあとはいつも寄る学校近くのブランコとベンチしかない公園で少し溶けはじめたアイスを食べた。ブランコを漕ぎながら他愛もない話をしているうちに、空はいつの間にかきれいなオレンジ一色に染められていた。
「なぁ、この空ってどこにいてもみることできるのかな?」
アイススプーンをくわえたまま首を縦に振ってうなずいた。「どうして?」と聞くと――
「――ううん。なんでもない」
次の日の朝。教室には翔大の姿はなかった。教室の扉が開いて先生と翔大が一緒に入ってきた。なにやら暗い顔をしている。
「――というわけで、翔大は今日これから転校することになった」
えっ……。知らなかった。何も聞いていなかった。
だから先生の言葉が信じられなかった。逃避行している間に先生と彼は教室を出て行ってしまっていた。
ぼぉーっと頬杖をついていると授業は次々と終わり放課後になった。昨日と同じ時間、教室で彼が来るのを待った。四時を過ぎても姿を現さず、私はコンビニも公園にも寄らずに家へ帰ることとなった。
制服のままベッドの上で仰向けになって携帯電話を開いてみても着信もメールも届いてはいなかった。携帯電話を閉じると急に睡魔が襲い、視界は一瞬で真っ暗になった。
意識がはっきりとしない眠りの中で彼の声が聞こえる。
「悪い、待った? きっと大丈夫だから。だから、心配すんな――」
目を覚ますとすでに太陽は天高く昇っていた。翔大の熱を帯びた熱い吐息が耳にまだ残っている。着信履歴にはたしかに翔大の着信があった。きっと電話を掛ければ声の翔大には会えるだろう。けれど、それだけじゃ意味がないことは分かっていた。
不意に携帯電話が手の中で震えた。すぐに確認すると新着メールが受信されていて、差し出し人は翔大からのものだった。
『一時間が六十分である限り、一分が六十秒である限り、俺たちの過ごす時間はずっと同じで、同じ時間の中で生きている。遠く離れた場所でもこの空は繋がっているから。だから俺が手を伸ばしたように手を伸ばしてみて。そうしたらまたいつか必ず逢えるから』
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些細な事でもいいので何か書いてくださると幸いです。
ありがとうございました。