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僕の魔法  作者: Gさん
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第六章

 ウティホ一家が戦争に参加する事になったとは露知らず、ジョクーはのんびりと旅を楽しんでいた。

 四頭引きの馬車が三両、列を作って荒野を進む。隊商(キャラバン)では時間を潰す事も大切な仕事である。目的地である北方の国境地帯まで、早くとも二ヶ月は掛かるであろう。その両手に余る程の暇を如何に消費するかが問題なのだ。景色を眺めていてもすぐに飽きてしまう。広大な風景はいつまで経っても同じで、赤土に灌木、たまに鳶が飛来するくらいなものだ。だから皆、暇潰しが上手い。弦楽器をつま弾く者、歌を聴かせる者、冗談話に怪談話、これが隊商(キャラバン)なのだなと感心してしまう。元山賊はすっかり気に入ってしまった。


 雨季に差し掛かる六月。

 ギーゾの一行は荒野を踏破し、北の国境近くまでやってきた。

 雨季の特徴として、陽が昇ると気温が徐々に上昇し、午後は大雨になる。雨が降るまで暑さに耐え、午後は桶を逆さにした様な雨に耐えなければならない。しかし夕方には雨も止み、夜は涼しくて実に心地良い。移動に関しては砂嵐がないのが何よりである。雨水で行路が川の様になって往生する事もあるのだが。


 国境線とは単なる修辞に過ぎず、大地には何色の線も引かれていない。旅人にとっては、実際にここがそうだと分かるものでもないのだ。隊商(キャラバン)はいつしかユルグ教国へと侵入していた。確かにユルグへ入ったのだと知ったのは、一行が検問に引っ掛かった時である。


 行路を順調に西へと進んでいると、砂煙を上げて到来したユルグ騎兵の一団に囲まれてしまった。事前に打ち合わせていた通り、皆は即座に万歳をして無抵抗を表明する。

 隊長らしき兵士が軍馬から降りて、一行を睨み付けた。

「責任者は誰だ」

「私です」

 ギーゾが名乗り出た。

「貴様らは何をしているのだ」

「へい。私どもは行商人でございまして、ユルグへと商売に出掛ける途中でございます」

「二国間での通商は禁じられた。それを知らぬのか」

「へい。知っております」

「では引き返せ」

「そうも行きませぬ。ユルグの祭司様、いえ、もっとお偉い司教様だったかと思いますが、お品のご注文を賜りまして、それを渡さなくてはなりません」

「嘘を言うな。我らの司教が貴様ら下郎の何を欲しがるというのだ」

「いえね、バルバーレでは価値がなく、ユルグでは大変に価値がある品物でございます」

 そう言って宝石をちらりと見せた。余り質が良くない物を。

赤玉(ルビー)か。バルバーレでは赤玉(ルビー)に価値がないのか?」

「左様で。私どもは元来アスマンの商人です。よってバルバーレの民の嗜好はよく分からないのですが、蛮族にこの美しさは理解できないのでしょうな。しかしこの赤の美しい事、ちょっとお手に取ってみて下さいよ」

 ギーゾは宝石を差し出す。

 騎兵は欲深さを見透かされないようにと、品の良い動作で受け取った。

「ふむ、これは美しい。色は少し薄いが、その分気品が感じられる」

 俺は蛮族とは違うのだ、と言いたいのだろう。

「そうでしょうとも。司教様はその宝石で杖を飾ったり指輪になさったりして、ご法力を増して数々の奇跡を起こされるのでしょうな。いや、兵士様の胸に飾られて、お命を守る働きもあると聞きますぞ。この際ですから、お一つ如何でしょうか?」

「う~む。確かに欲しいが、任務中で金がない」

「ごもっともで。そうだ、こうしましょう。我々もこの辺りは不案内でして、近くの街まで無事に着けるかどうか不安です。道案内をして頂けましたらそれを献上致しましょう。貴方様がよりご出世なさいます様にとの願いを籠めまして。他の方々にも、同じ大きさとは行きませぬが、同様に赤玉(ルビー)を差し上げましょう」

 兵達はにんまりと笑い、隊長は早速その石を懐に仕舞い込んだ。

 そして一行は進み出す。今度はユルグ騎兵に先導をさせながらである。


 北方のユルグ国内、とある『オアシスの街』に到着した。荒野にある水源を中心に発達した街で、嘗ては交易の中心地であった。小さな湖の周りに椰子が生え、白い寺院を取り囲む様に商店が軒を連ねている。交易禁止の触れ以降、寂れていても不思議ではなかったが、結構な賑わいを見せている。

 まずは残りの騎兵達に屑石を渡し、心の中で舌を出しながら見送った。

 さて、ギーゾ達は宝石を売らなくてはならない。アスマン商人達が集まっている一角へと向かう。そして、中でも一等地に大きな店舗を構える一流処を選んで交渉に入った。

 一方、ジョクーには別の仕事がある。それは誰も知らない仕事であった。


 人気のない墓地の、今は誰も住んでいない墓守の房舎に入る。

 そこには場違いな人物が待ち受けていた。法衣に法冠、それに司教杖で身を飾る大司教である。ぶよぶよに太り、白い肉が詰め襟からはみ出している。

「久しいな、信徒ジョクーよ」

「一年振りになりますか、使徒長猊下」

 ジョクーは跪いてその手に口吻けをする。男は満足そうだ。

「そちからの知らせが遅いので心配しておったのだ。無事で何よりだ」

「恐悦至極に存じます。ご心配をお掛けしました事、深くお詫び申し上げます」

 ジョクーは大袈裟に礼をして、勧められた椅子に座り直した。そして報告を始める。

「敵の動きでございますが、まずは悪い知らせをしなくてはなりません」

「いや、悪い事こそ聞いておきたいのだ。良い知らせならば聞かずとも害はないが、悪い知らせならば知らぬと命取りになるからな」

「では申し上げます。最終兵器が敵の手中に落ちました」

「シャマンティンの息子がバルバーレに入ったのか!」

「御意にございます」

「どうして始末しなかった!」

「それは無理からぬ事でございましょう。相手は術士の中の術士、近づく事まではできましたが、殺意を見せた瞬間に消されてしまいます」

「そんなに凄腕なのか」

「はい。ユルグ兵の身体を一瞬で蒸発させるところを見ました。それも背後からこっそりと狙う弓兵をです」

「何と・・・・」

「それだけではありません。南方の偵察部隊の話を聞かれましたでしょうか」

「聞き及んでおる。血気盛んな部隊であったらしいが、特に手柄も立てず敗走したとか」

「その通りなのですが、事実は少し異なります。彼らは大手柄を上げつつあったのです」

「それは?」

「はい、バルバーレの王女をあと少しで仕留められるところでした」

「そうだったのか」

「王女は蛮族どもの戦姫です。仕留められれば敵の士気は地に落ちたでしょう」

彼奴(きやつ)が邪魔をしたのだな」

「御意。大陸随一の悪魔、シャマンティンの魔女の息子が」

「やはりな」

「彼の人は王女の危機を予測し、大隊六百名をたった一人で敗走せしめました」

「どうやったのだ」

「それは野蛮な術でございました。自らの手に赤く焼けた金串を突き刺し、優秀なユルグ兵達の手足に痛みを走らせたのです」

「何と狂暴な」

「その極みにございます。彼奴(あやつ)は幾人もの悪魔と契約を交わし、自分の好きな時に好きなだけの魔術を発揮できるのです。勿論、悪魔に喰わせる贄が必要となりますが」

「何を贄にするのだ?」

「聞くところによりますと、近親者の身体の一部、それも目玉や心臓、性器を贄にするとか」

「おお、汚らわしい」

「更に有効なのが術者自身の身体を捧げる事です。嘗てこの北方地域で戦役があった時に見せ付けられた、あの術です」

「腐れ女の術だな。我々が二度もやられた・・・・」

「そうです。今や盲目となった醜女の技と力、それをシャマンティンの血筋を受け継ぐ者が行えばどうなるか、考えるだけでも恐ろしい限りです」

「シャマンティンの魔女がバルバーレの魔女に逢いに行ったと聞いて、我々は早急に手を打った。それは成功したが、息子が生き残っていると聞かされて戦争までしたのだ。なのにまだ生きて、しかもバルバーレにいるとは」

「我々には神々のご加護があります。信仰厚き兵士は術を撥ね返すと教わりました」

「その通りだとも。しかしだ、幾ら信仰が厚くとも、不意に術を浴びせられては敵わない。心を石の様に堅くして戦いに望まなくてはなるまい」

「四年前のアスマン戦争と同じく、ですか」

「兵士達を純粋な神々の僕に変えるのだ」

「あれは危険です」

「そうじゃったな。お主の父親は反対しておった。最後は残念な事になってしもうたが」

「あれが父の運命だったのでしょう。アスマン戦争の始まる数日前、眠った様に死んでしまいましたが、父は最後まで信仰厚き人でした」

「神々は時折辛い運命を授けなさる。神々に近しい清らかな者を選んで若死にさせ賜うのじゃ。お主の父は今頃、天上にあって神々の近くで我々を見守っているだろう」

「そう仰って頂ければ父も喜ぶでしょう」

「お主も父同様、この国に殉ぜねばならぬぞ」

「覚悟はできております」

「では、また知らせを送るがよい。今回の様に事前に手紙を寄越せば、こうやって相見える事もできるであろう」

「勿体ない事にございます」


 この大司教は強欲な悪の権化ではない。むしろ有能で勤勉な男だと言えよう。ただ問題なのはその思想なのだ。慈愛を説くべき身でありながら、口を衝いて出る言葉はサディスティックなものばかりである。残念な事に、彼の様な考え方がユルグの主流なのだ。

 ジョクーは差し出された大司教の手に口吻をして、宿を後にする。そして扉から出るや否や唾を吐いて口を拭った。


 それから人混みに紛れ、幾つかの商店を抜け、迷路の様な街並みを縫うように進んだ。そして地下にある開店前の飲み屋に入る。

 そこでは一人の男が彼を待っていた。黒く灼けた肌に短い髪。痩せた顔の目は鋭く、口をへの字に結んで眉間に皺を寄せている。黒い痩せ犬の様だ。

 その男が開口一番に叫ぶ。

「遅いぞ、信徒ジョクーよ」

「おお、司教殿。いたかどうかは知らねえが、追っ手を撒いてきたんだ」

「あちらこちらで間諜なんかしているからそうなるんだ」

「ほお、俺が働かなくても良いのかい」

「それは困る」

「そうだろうとも。それで報告がある。もう一件間諜を引き受けた」

「またか、勘弁してくれよ。一体どれだけの組織に与しているんだ?」

「ええと、親父の為に情報を集め出したのが始まりで、それから親父を殺した白豚の一派だろ。それにお前の宗教改革派。そしてアスマンの王弟だ」

「アスマンの王弟陛下か。面白そうだな」

「面白いというか、見捨てられないというか」

「私もお前に報告がある。どうやら法皇が死にそうだ」

「そうか! あのジジイが地獄へ行くか」

「ああ、でもその後が良くない」

「それは?」

「後継者に白豚を指名しやがった」

「最悪だ。でもどうしてだ? そんな状況なのに、こんな辺鄙な街まで出向いてくるとは」

「奴も来ているのか」

「さっきまで逢っていたよ」

「そうか、ならば自分が法皇になる地盤を整い終えたという事か」

「そうだろうよ。ところで、お前は何をしていたんだ?」

「面目ない。私の派閥は脆弱で金もないから、法皇なんて夢のまた夢だよ」

「そして俺を無料(ただ)働きさせている」

「済まぬ。白豚からは金を貰っているのか?」

「あのけちが金を払う訳がない。妹が首都に住んでいるから、人質にしているつもりなんだろうよ」

「酷いな」

「まあ、俺様の妹だから、奴らに捕まりはしないと思うがね」

「あの娘は元気者だったからな」

「そうそう。いつもお前さんを蹴飛ばしていたな」

「懐かしい話だ。ひょっとして私に気があったのかな?」

「そうなんじゃないか。お前が司祭になる学校に入った時には泣いていたからな」

「そうか、泣かせてしまったか」

「いい気になるんじゃないぞ。単に虐める相手がいなくなって寂しかっただけなのかも知れないのだから」

「そうだろうとも。司教になったからには妻を娶る事もできないのだし」

「宗教改革をすれば良い。その為に運動をしているのだろう?」

「それは違うぞ。宗教は政治から離れるべきなのだ。そうでないと血に汚れてしまう。その為に運動をしているのだ」


 神政政治には大きな欠点がある。批判がなければ政治は進展しないが、神は絶対的存在であって批判される対象にそぐわない。結果、思想は先鋭化し、過激になってゆく宿命にある。歴史を重ねるに連れて、より純粋に、より残酷なものになるのだ。

 宗教からその良い部分を抽出したければ、威厳や権力を棄てて、小さくひ弱な存在になるべきなのだ。色黒の男はそれを目指している。


 ジョクーも、当然の事ながら、宗教改革の必要性をひしひしと感じてる。

「政教分離、そして宗教家の婚姻解除。その両方ともとっちまえば良いじゃねえか」

「まあ、それも私が頂点に立たなければ為し得ない」

「頑張れよ。自分で決めてしまうまでは人生に行き止まりはないのだからな」

「親父様の言葉だな。あの人は偉大だった」

「俺もそう思うぜ。親父が生きていれば、お前が法皇になって、親父が国王を復活させて、それで素晴らしい国になっただろうに」

「素晴らしいかどうかは分からんが、宗教家が民衆の命を弄ぶ様な国にはなっていないだろうな」


 二人は幼かった頃を思い出す。ジョクー一家は高級貴族で、武官の頂点に君臨していた父と妹の三人暮らしであった。私財で寺院を建立し、そこで暮らしていた孤児の一人がこの黒い男である。男は兄妹よりもかなり年上であったが、三人でよく遊んだものだった。公平な立場で見れば、手が付けられない程粗暴な兄妹の世話をさせられていたとも言える。

 父が秘密裏に薬殺されて後、二人は遺恨を晴らすと誓い合った。そしてジョクーは敵の組織に入り込み、男は宗教家となった。

 道は違っても二人の目的は一つ。それは国を奪う事である。


 ジョクーは肝心な事を聞かなくてはならない。

「ところで、法皇の崩御が近いのなら、バルバーレ侵攻は後回しになるのかい」

「そうみたいだ。一月以内には死んでいるだろうから、新法皇の戴冠式は二ヶ月後だな。侵攻は半年後ってところか」

「戦を取り止める事はしないのか」

「無理だろうな。戦争好きな法皇がお亡くなりあそばして、遺志を継いだ白豚が新法皇になる。逆に、その即位を記念して大攻勢があっても不思議ではない」

「規模は?」

「正確には分からんが、二十万以下という事はないだろう」

「そりゃ凄い。やっぱり北からか」

「この街の郊外に全軍が集結しつつある」

「そうか。こりゃ本格的に焦臭くなってきたぜ。俺様の仕事もまだまだ続きそうだ」

「ところでバルバーレ軍は強そうか? 連中が白豚の軍を倒してくれないと困るのだが」

「おいおい、民衆が死ぬのを喜んだりするなよ」

「それは違う。嘗ての北方戦役の再来を期待しているのさ。あれで宗教改革が一気に盛り上がったのだからな。しかも死者の数は僅かだった」

 ジョクーは書庫の婆様を思い出す。

「結局、術ってのは死人を出さずに戦を終わらせる最良の手段って訳だ」

「我が国の手妻は別にしてな」

 この男も知っているのだ。アスマン戦争での法術のからくりを。

「バルバーレ軍は思ったより脆弱だな。しかし術者は凄い。例の老婆に加えてアスマンの天才児がいる」

「老婆にはもう目玉が残っていない。それに子供か。それで大丈夫なのか?」

「こればかりは嘘じゃないぜ。三国一の術者、それがちっちゃな男の子ってだけで、腕は確かだ」

「そういえば南方で偵察部隊がやられたと聞いたぞ」

「俺もその場にいたんだ。あと十年もすれば立派な伝説になる程の術だったな」

「期待できそうだ」

「期待してくれ」

 そして両者は地下を出た。時間差を付けて、左右に分かれて。


 ジョクーはギーゾ達を見付けなければなない。少し不安だったが、繁華街を一回りするまでもなく探し出せた。

「よお、おたくら相当目立ってるよ」

 ギーゾが嫌な顔をする。

「商売人が目立たなくてどうする」

「いや、一応隠密行動な訳だし」

「隠密? 隠れて物を売り買いはできないな」

 融通の利かなそうなギーゾの表情(かお)を見て、ジョクーは説得を諦めた。

「ところで、首尾は如何でしたでしょうか。商売人さん」

「上々だ。想像していたよりも倍近い値で売れたぞ。皆、資産を宝石や貴金属に変えたがっているんだな。家や田畑じゃあ持ち運びできないからな」

「戦争が近い証拠か」

「そうなんじゃないか?」

「物価はどうだい。食料や宿代、それに女は?」

「食料も宿代も上昇し出している。人の出入りが激しくて、良い宿はすぐに埋まるそうだ。それに問屋が食料の売り惜しみをやっていそうだな。高値になると踏んだのだろう」

「女は?」

「今日の宿探しもあって娼婦館の主人と話したが、引退したお姉さんまで出勤させる程の流行り様だとよ。客も可哀想に」

「へぇ、ひょっとして今日は女郎宿に泊まれるのか?」

「そこしか空いていなかった。但し女は買うなよ。とんでもないのが出てくるぞ。それに明日は早くから出発だ」

「もう帰るのか? 少しは遊んで帰ろうぜ」

「私は大金を持ったままうろちょろするのは好きじゃない。特にこんなご時世じゃあな」

「それもそうか」


 ギーゾからもたらされた情報は貴重なものだった。

 街中に軍の大部隊が駐留している訳ではないが、近くにいるのは間違いなさそうだ。だから女が売れている。兵士が休みを貰ってちょくちょく遊びにきているせいだ。商人が食品の買い占めをしているのも同じ結論を導かせる。ここはユルグ国内であって兵糧はどこからでも運べる。でもいずれはバルバーレへ向かうのだ。そうなればこの街が補給基地となるのであり、物価上昇が見込める道理だ。

 敵の進攻はこの北方からであるに違いない。俄然忙しくなった。残してある仕事は多い。


 ジョクーは駅逓所に行く。間諜たれば当然この施設に詳しい。バルバーレからこっそりと送った書簡は無事にユルグ首都の法王庁まで届いていた。だが、逆もまた真なりとは行かないのが世の常である。ウティホに宛てた手紙を出すには出したが、検閲に引っ掛かる可能性は高いだろう。所内に軍人らしき人物もいたからだ。

 ウティホの言い付けでは手紙を二通出せとの事であった。そんなに逓信を商売にしている連中がいるとも思えないが、繁華街をぶらぶらと歩きながら探す。


 裏通りに真新しい看板があった。白木に赤々と『速達専門 駅伝屋』とある。

 安っぽい扉を開けて中に入った。客は誰もいない。

「御免」

「いらっしゃ~い」

 女言葉が気持ち悪い中年男が奥から出てきた。

「ここは手紙を届ける商売をしているのか?」

「そうよぉ。でもちょっと違うの。ほら、今の時代はさ、世知辛い世の中でしょう? だから検閲なんて無粋な事ができない様に、口伝えで文章を送る商売をしているのよ」

「それは結構だが、国際便も扱えるのかい?」

「お大尽ね。勿論、承りましてよ」

「本当は恋文専門なんじゃないのか。近所に届けるのが精一杯なんだろう?」

「そりゃあね、そんな商売が多いのは確かだけれども、折角宿駅毎に人を配置しているのだから、国際便を扱いたかったのよ」

「じゃあ、頼んでみるか。幾らだ?」

「貸し切り便になるから、十ユールね」

「そりゃ、とんでもなく高いな」

「うちは確実で最速。高いのは当たり前なのよ」

「仕方がないか・・・・」

 しぶしぶユルグ金貨を十枚渡した。これだけあれば小さな家が建てられる程の金である。

 奥から制服を着た若者が現れる。

「お客様、自分が伝文を伝えるであります」

 おかま店主が言い添える。

「この子達はね、ユルグ軍の伝令係をしていたの。でも馘首(クビ)になっちゃって、可哀想だから纏めて雇ったのよ」

「どうして馘首(クビ)に?」

「はっ、伝令文を間違えたからであります」

「どんな風にだ?」

「はっ『東南に移動せよ』を『盗難せよ、いい土星』に間違えました」

「いい土星って何だ?」

「はっ、上官にも同じ事を聞かれました」

「店主よ、本当に大丈夫なんだろうな」

「あたしの真心に誓って大丈夫よ」

 そんなものに誓われても困りものだが、頼む事にした。

 口伝えで、しかも頼りない伝令兵に任さなくてはならない。文章は極めて簡潔にする。

「いいか、言うぞ」

「どうぞ」

「法皇瀕死。侵攻中止。新皇戴冠は再来月。再侵攻は半年後。規模二十万。北部物価は高騰見込み。問屋買い占め。出入り多くて宿一杯。女郎馬鹿売れ。軍人買いか。以上だ」

「では繰り返します。奉納深々。深刻通信。死のう大会は再来月。野菜新香は半年後」

「わざとか?」

「いえ、けしてそんな」

「死のう大会にはお前が出ろ。そこでなら、いい土星を盗めるんじゃないか?」

「申し訳ありません」

「書いて憶えろよ」

「それでは口伝えの意味が・・・・」

「じゃあ死ぬ気で憶えろ。ちょっとでも間違えたら金を返して貰うからな」

「はっ、胆に銘じます」

 そんな事を言いながら、ちゃんと憶えるまでにかなりの時間を浪費した。


 表に出るとすっかり夜が更けていた。ジョクーは悪い買い物をしたと後悔している。それに、まだキリムとの約束が残っているのだ。少年の話を広く伝えなければならない。


 宿でギーゾと再合流する。女郎宿に女無しでいても詰まらないので、食事がてら二人で出掛ける事にした。

 ギーゾには目当てがあるらしい。街中をずんずんと進んだ。

「ここだ。まだやっていたとは憑いているぞ」

 居酒屋である。少なくとも、古惚けて読み難くなくなった看板にはそう書かれていた。

 扉を押して入れば、店の中は予想に反して広く明るい作りになっており、ぎっちりと詰め込まれた客達が喧騒を奏でている。

 二人はカウンターに座る。ギーゾは人の良さそうな店主に向かって、一番安い酒を注文した。若い酒を無骨な陶器の杯に浪々とし、軽く乾杯をしてから喉に通す。久々の葡萄酒に胃が喜んでいる。それから酒菜に地の物を何品か取って、ぐいぐいと呑み進めた。


 ふと、近くで呑んでいた男に声を掛けられる。背の低い、農夫風の若者だ。

「あんたら旅の人か? ひょっとしてバルバーレ人か?」

「まあ、そんなもんだ」とジョクー。

「こりゃいいや。俺とあんたはいずれ殺し合わなきゃならねえ。でも今はこうやって同じ店で酒を飲んでいる。何だか嬉しいじゃないか。なあ、お前らもそう思うだろ」

 近くの卓を賑わしている連中が「おお!」と叫んだ。

 ジョクーは静かに視線を落とす。連中の地味な木綿服だけでは分からなかったが、立派な軍靴を見て確信した。こいつらは兵士だと。この店はユルグ兵達で犇めいていたのだ。


 男は続けて話す。

「俺らは同じ村の出身でね、しかも次男坊、三男坊の集まりだ。一戦(ひといくさ)終えれば都に家が貰えるって話で、みんなそれに乗っかってここに来てる。だから、あんたらに恨みがある訳じゃないから、安心してくれよ」

「そうか、じゃあ、今日は殺さずにおいてくれるんだな」

「勿論だとも。尤も、あんたと俺がやりあったら、俺の方が負けちまいそうだがな」

 男は笑いながらそう言った。ジョクーと比べれば確かに小柄だが、杯を持つ腕は太く、肩から背中の筋肉が盛り上がっている。言葉とは裏腹に余程の自信があるのだろう。

 ジョクーは得意の人懐っこい表情を作って、この場を収めた。

 気を良くした男が更に話し続ける。

「なあ、あんたがバルバーレ人だってんなら尋ねたい事があるんだが、いいか?」

「ああ、何でも聞いてくれ」

「俺らは農作業で鍛えられているから大概の事ならへこたれねえ。でも、アレはちっとばかし怖いんだ。魔法って奴がね。バルバーレ軍の魔法は凄いって言うじゃないか」

「魔法か・・・・俺が知っている話は一つだけだ。それでよければ・・・・」

「是非、聞かせてくれよ」

 他の客達もこちらを気にしているようだ。

 ジョクーは少し声を張って話す。

「バルバーレの魔女は知っているよな。でも、魔法使いはその婆さんだけじゃない。アスマンの王子が参戦するらしい」

「アスマンの王族が生き残っているのか。しかもそれがバルバーレ軍に?」

「ああ、飛び切りの魔法で貴様らを出迎えるそうだ」

「そいつは、どんな代物なんだ?」


 ジョクーはキリムの話をしてやる。一人の少年がどんな目に遭ったのか。酒を呑みながら、ゆっくりと。少年が語る程上手くはないが、分かり易く、丁寧に話す事を心掛けた。

 ギーゾも店主も、他の客も耳をそばだてている。店から笑い声が消えた。皆真剣に聞き入っている。そしてジョクーはこう締め括った。

「それで、この思いを術に籠めるらしいんだ。分かるかい? 術には贄が必要だろう? アスマンの王子はこの『記憶』を贄にするつもりなんだよ」

 店主が聞く。

「どんな術になるんだ?」

「俺にも分からんね。だた、これだけは言える。目玉の術なんか足元にも及ばない、想像の域を超えた代物になるんじゃないかな」

 酔客達は感嘆する。いずれは戦地に赴く身の上である。だから怖いのは確かなのだが、それとは別に、その見事な術を見てみたい気もする。この場にいる全員が、何十万ものユルグ兵が魔法を浴び、崩れ落ちる様を想像した。

 農夫は杯をぐっと空けた。

「まいったな。そんな子供とやり合うのか、俺らは・・・・」


 どうやら話を飲み込んで貰えた様だ。だが、これで目的を果たした事になるのだろうか・・・・とジョクーは思い悩んだ。風説の流布という困難な活動を行うとしたら、物量作戦で国中に掲示物を貼るとか、敵軍司令部や省庁の正式な訓令に組み込むといった方法が確実である。しかし悩んでみても出来ない事は出来ない。この居酒屋から噂話が広まる事を祈るしかない。

 ジョクーは父親の言葉を思い出した。運も財産。キリムにはそっちの財があるかも知れない。


 店の雰囲気が暗くなっている。ジョクーは声の調子を変えて付け加えた。

「まあ、まだ戦は始まっちゃいない。今日のところは楽しくやろうや」

 その通りだと皆で乾杯した。店主の奢りで新しい酒樽が開けられる。ギーゾもジョクーも一頻り騒ぎ、夜も更け切ってからようやく宿に引き返した。

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