第四章
大陸三大都市の一つ、王都バルバーレ。
大河の河口にある中州、それを都市にした自然の要害である。河川交通の要であり、国土の南北を繋ぐ陸路の要所でもある。而して橋を落とせば侵入不可の小島となり、攻めるに難く守るに易い、まさしく難攻不落の要塞都市といえる。
黒い馬車は橋を渡って王都に至った。数々の建造物、寺院や競技場を横目にしながらそのまま王宮へと入る。巨大国家の王城に相応しく、頑強な二重の防壁を備え、その中には雲を刺す様な石塔が峙っている。
一行は衛兵の最敬礼を受けながら、一の城門、二の城門と擦り抜けて、高級貴族と王族の為の車溜まりがある一角へと進んだ。
旅の終着点である。取り敢えずは、であるが。
ここにきて成すべき事は多岐に渡る。まずは王との謁見である。
一旦王女と別れ、控えの間に通された。豪華な家具や美術品で飾られた部屋の中でちょこんと座る四人。場違いな来訪者を女官達が影で笑っている。
衛兵に睨まれながら、ジョクーとウティホが漏らす。
「こんな事なら、もうちょっとぱりっとした服が欲しかったなあ」
「儂もじゃ」
違う意見もある。ノンモとキリムだ。
「何を言っているんだい。人間、見た目より中身だよ」
「今更、恰好を気にする事もないと思うよ」
それでもジョクーはいた堪れない。
「親父によく言われたもんだ。人を見た目で判断するな。但し中身で判断してくれると期待するな、ってね」
「だからさ、ジョクーは山賊、僕達は放浪者。見た目も中身も同じでしょう?」
少年にそこまで言われて、男どもは黙るしか無くなった。
茶も供されないまま時を過ごし、侍従長らしき紳士が迎えにきた。
長い廊下を移動して謁見の間に通される。
そこは劇場の如く広々とした空間であった。一面に豪奢な絨毯が敷かれ、折角の玉床を隠している。奥には玉座があり、国王らしき人物が鎮座している。
黒い天鵞絨に銀糸をあしらった衣装を纏い、威厳たっぷりに見える。歳は四十前後であろうか。兵どもの頂点らしく筋骨隆々たる体付きで、太い首が印象的だ。
ウティホを先頭に膝を折り、礼をする。最後尾のキリムだけは立ったまま会釈をした。
王が野太い声で話す。
「娘が大変世話になったと聞いた。国王として感謝する」
ウティホが恐縮して言う。
「私どもは当たり前の事をしたに過ぎませぬ。どうかお気になさいませぬ様に」
「アスマンの王弟殿か。随分と変わられたな」
「私めも、ここにおります細も変わりました」
「もうアスマンには住む者もおらぬとか」
「御意にございます」
「そうか、残念な事だ。ところで、娘を術で救ったのはその少年か」
キリムが進み出る。
「そうです」
ジョクーは頭を下げたまま『術じゃないくせに』と口の中で呟いた。夫婦は少年が礼儀正しく対応できるか心配している。
王は話を続ける。
「それはどんな術なのだ?」
「申し上げられません。また申し上げてもご理解頂けないと思います」
三人は悲鳴を上げそうになった。
「いやそうであったな。術とはそう言うものなのだろう」
「陛下は武を以って国を治められる方です。術は不要でしょう」
「その通りだ。詰まらぬ事を聞いた。許してくれ。でも、そなたの名前ならば聞いても構わぬか?」
「僕はキリム・ズム・アスマンと申します」
「おお」
王は目を見開く。キリムが名、アスマンが王族、ズムは王かその正当な継承者を表している。つまりアスマン国国王キリムと名乗ったのだ。
「若き王よ、我が娘の命の代償として何をお望みか」
「望みは一つ、アスマンの再興です。でも差し当たっては特にございません。王都に居を構える事をお許し下さい」
「そなたは歳に似合わず高い知識を持つと聞く。我がバルバーレもこれから難しい舵取りをせねばならん。是非とも知恵を貸してくれ」
「喜んでそう致しましょう」
「では、貴殿達は今後、城への出入りを自由とする。また住む場所がなければ与えるが」
「それには及びません。城の書物を自由に閲覧する許可を下さいますか?」
「家より書をご所望か。機密文書でなければ何でも読むがよい」
王は笑いながら奥の間に移り、一同はその場を辞した。
廊下を行くウティホは少しふらついている。
「寿命が十年は縮まってしもうたわい」
ノンモも同意見だ。
一方、ジョクーは違う反応を見せる。
「ああ、勿体ない。あの口振りだったら何かもっと価値のある物が貰えそうだったのに」
「一番価値のある物を貰ったさ」
キリムは溌剌として応えた。
「謙虚に見せて、面白そうな人物だと思わせる必要があったんだ。そうじゃなきゃ城の出入り自由なんて特権が貰える筈もない」
「それは、そんなに価値があるものなのか?」
「金銀を鷲掴みにするのと同じだよ。でも、金儲けに使うつもりはないけれどね」
「情報が何よりも価値があるって事か?」
「さすが、理解が早いね」
「だったら城内に家を貰えば良かったじゃないか」
「それじゃあ僕達がバルバーレ王に囲われているみたいになっちゃうでしょう。アスマン人の誇りを保つ為にも、干渉されず自由に動く為にもそれはできない」
「王都に居を構えるったって、買う金もないくせに」
「何とかなるんじゃないかな」
この少年はしっかり者なのか抜けているのか、ジョクーには分からなかった。成る程、面白そうな人物である事は間違いないのだが。
控えの間に戻ると、マウ・リサが待っていた。これまでの動き易い装束ではなく、王女らしく礼装を纏っている。
「首尾は如何でしたか?」
ウティホ達が応える。
「如何も何も、二度と御免じゃわい」
「あたしも」
「俺も」
「?」
王女には分からない。事情を聞いて驚いた。
「キリム殿はアスマン国の国王でいらっしゃるのですか?」
ウティホが溜息混じりに言う。
「正式に戴冠なされた訳ではないが、成る程、第一位の王位継承者なのは間違いない」
「では良いではありませんか」
「いやそうなのじゃが、もう形のない国であるし、バルバーレ王と対等に渡り合うのはどうかと」
「そんなに堂々としていらっしゃったのですか?」
「そうじゃな」
「あの父を相手に胸を張れる方なんて見た事がありませんわ。ご立派です」
キリムは頭を掻いている。
「別に威張りたくてそうした訳じゃないんだよ。必要があったからそうしたまでで・・・・」
「いいえ、ご立派な事に変わりはありません」
南方で出逢ったマウ・リサは執政者であったが、王宮では娘でいられるのだろう。武張った感じは微塵もなく、まるで別人の様だ。凜とした印象はそのままであるが。
一行は王宮を後にした。王女が手配してくれた軽馬車がなければ歩く羽目になっていた。有り難い事に、こうして堂々と、且つ楽に移動できている。
馬車は速やかに石畳の坂を下り、辻を幾つか曲がって大通りに出た。馭者を勤めるウティホは街並みを懐かしく感じていた。沢山の馬車が行き交い、見知った商店が軒を連ねている。やがて行き止まりになり、王都で最も賑やかな公園に至った。中央には名も知らぬ英雄像が据えられている。広場では市が開かれ、露店目当ての観光客や買い物客でごった返している。人いきれと喧騒で気後れしそうな程だ。
馬車は広場に面したとある商店に横付けされた。立派な扉が開け放たれており、引っ切りなしに客が出入りしている。一行はずんずんと店内へ入った。
ウティホが接客している男の背中に話し掛ける。背が低く太った男だ。
「ギーゾ、お前が売り子をしているなんて、今日は赤い雪が降るんじゃないか?」
男はその声に驚いて振り向き、怒った様な顔付きでウティホの肩を掴んだ。
「ウティか? 優男のウティなのか?」
「いかにも」
中年二人が熱く抱き合う。 互いの背中を叩き合い、両者とも顔を真っ赤にして、今にも泣き出しそうな表情だ。
「ウティよ、よくぞ生き残った。いや、必ず生きていると信じていたとも」
「生き残っただけじゃよ」
「そんな事があるものか。お前には運があるじゃないか。生きてさえいれば勝手に道が開く程の幸運がな」
「その運の源泉も尽きた様じゃ。頼れる者がお前だけになってしもうたからの」
商店主のギーゾは豪快に笑いながら、一行を奥へと案内した。
商品の在庫を移動させて、空いた椅子に一同を座らせる。
「今、茶を持って来させる。ゆっくりできるのだろう?」
「ああ、そのつもりだ。しかし、お主は変わらないな」
「貴様は変わったなあ。すっかり痩せちまって」
「仕様があるまい」
「そうだな」
見詰め合っているウティホの脇をノンモが小突く。
「ああ、そうじゃった。これが細のノンモ。こっちがキリムとジョクー、まあ義理の息子みたいなものだ」
「奥様とは王妹陛下であらせられますな。何とも恰幅のおよろしい御方で」
「何だって?」
「いえ、失言お許し下さい」
「茶菓子が出れば許すだろうね」
「お出ししましょう」
ギーゾがウティホに耳打ちする。
『お前が恐妻家になったと聞いて驚いたもんだが、この奥方じゃあ仕方がないか』
『いや、頭が上がらないのは怖いからじゃないぞ。それだけの理由があるんじゃ』
キリムがウティホに問う。
「ねえ、物凄く仲が良さそうだけれど、どんな関係なの?」
「関係も何も、生まれた時からの知り合いじゃ」
「ウティとは生家が近所で、子供の頃からつるんで悪さをしたもんだ」
「ギーゾはこれでも大商人でな、儂の隊でこやつの隊商を護衛をしたり、儂が近衛になってからはいろんな情報を集めて貰ったりしていたんじゃよ」
暫く昔話に花が咲いて、三人は置いてきぼりを喰わされた。
ノンモが痺れを切らす。
「あんた、そろそろ本題をさ」
妻に催促されてウティホが切り出す。
「そうじゃな、実は頼みがある」
ギーゾは直感した。嫌な予感を。
「金の事以外なら何でも請け負うぞ」
「他でもない。その事じゃ」
「幾ら入り用なんだ」
「金貨で一億枚じゃ」
「何だと!」
「嘘じゃ」
「そうだろうとも」
「たったの一万枚で良い」
「ええと、お帰りはあちらです」
「けちじゃのう」
「一万バルドスって言やあ、国王の年俸だぞ」
「ええい、こうなったら百枚で良いから寄越せ」
「それでも無理だ。貸すにしても、せいぜい二十バルドスが限度だ」
「お前も小さくなったな」
「そんなもんだ。三国貿易華やかなりし頃は羽振りよくできたが、今は貿易自体がないんだ。隊商を組んでもユルグへは易々と入れない」
「北ではまだ二国間の取引をしているものだと思っておったが」
「今年になってなくなった。世知辛い世の中だよ」
「二国の国交はそんなに悪化しておるのか」
「悪化どころか、一触即発だな」
「そうか、じゃあ致し方ないか」
ウティホは背負子の底を外し、金と白金の延べ棒をごろりと取り出す。
「これを金貨に換えてくれ」
ジョクーが目を見張る。
「ちょっと待った。何だこれは?」
「延べ棒じゃ」とウティホ。
「あんた、金はないと言っていたじゃないか」
「いかにも。通貨は持っておらんぞ」
「金はないが金塊なら持っているなんて誰も思わないじゃないか。あー狡い。皆知っていたな」
ノンモとキリムは外方を向く。
「そうかい。俺は仲間外れかい」
山賊はすっかり拗ねてしまった。
ギーゾは感心しながら延べ棒を撫でている。
「これならすぐに換金できるさ」
「相場は?」
「昔よりも純金の値が高くなっている。戦争が近い証拠だ」
「白金は?」
「金よりも率が良い」
「じゃあ頼む。お前の取り分は充分取れよ」
「有り難く」
キーゾは大事そうに延べ棒を仕舞い込んだ。
ウティホは更に革袋を取り出す。
「こっちはどうかな?」
大きな革袋からは磨かれた緑柱石やら紅玉やらがじゃらりと飛び出した。
「おお」
ギーゾとジョクーが声を揃えた。
ジョクーはまたかと目を覆う。一方、ギーゾは渋い顔になった。
「確かにこれは白金より価値があるが、この国では二束三文になってしまうな」
「バルバーレには宝石を身に付ける風習がないからの。じゃがユルグでは?」
「ユルグだったら街ごと買えちまう」
「何とかして純金か、悪くてもユルグ金貨にしたい」
「それを私にやれと?」
「そうじゃ」
「それで何に使う」
「アスマン再建の資金じゃ」
「お前が王になるのか」
「まさかの」
「じゃあこの汚いのか」
「何だと!」
山賊は条件反射的に怒った。
「いや、こやつでもない」
「じゃあ・・・・」
ギーゾは少年を見遣る。
「ひょっとして、シャマンティン家の息子か」
「そうだよ」
キリムはいともなげに応えた。
「そうか、三国一の知恵者と賢君の間に生まれた子か」
「そうじゃ」
ウティホはどうだ、と言わんばかりだ。
「成る程な。どうやらアスマン再興は夢じゃ無さそうだ。喜んで使われてやろう」
かつての大商人は、その怖い顔をくしゃくしゃにして笑った。
キーゾは屈強な手下二名を連れて、金塊の換金に出向いた。一同はそのまま店の奥にある小部屋で帰りを待つ事にした。
ジョクーはまだ苛ついている。
「なあ、俺が信用できないのは分かっているけれどさ、あんまりじゃないか」
「信用しているとも」とウティホは惚ける。
「どこがだ」
「お前を信じていなければ、全財産が入った背負子を担がせたりするものか」
「まあそれは・・・・いや、欺されんぞ、俺はその事を知らされていなかったんだからな」
「そう言うな。お前に更に大切な仕事を任せようと考えておるのじゃから」
「何だ、それは?」
「商人に扮してギーゾに同行してくれ」
「それで?」
「ユルグの情報を集めて欲しい」
「どんな情報だ?」
「最も知りたいのはユルグ軍の侵攻の時期と場所じゃ。規模も知りたい」
「そんな事、首都にある法皇庁にでも潜り込まなきゃ難しいだろう」
「いや、商人ならば分かる。物価の変動と物流の量、それに流言から憶測するのじゃよ」
「噂話の類が参考になるのか」
「例えばこうじゃ。お前達が北方へ出向いたとして、ユルグ北部の街には多くの物資が集まりつつあると知った。一方、噂ではユルグ軍は南からバルバーレを攻めるのではと言う意見が大半を占めている。それから導き出される結論は?」
「噂はユルグ軍が流した嘘っぱちで、北から攻めて来るってのが正解か?」
「そうじゃな。北から攻める準備をしていて、それも最終段階に近いという事じゃ」
「そこまで詳しく分かるのか」
「兵を送るのと、物資が送られるのはどちらが先か?」
「そりゃ兵だな。当面必要な分は一緒に持って行けるのだし、追加物資はそれが残り少なくなってからだろうから」
「そうじゃ。兵站は大切な軍機関じゃが、兵が進まねば兵站線を作れない」
「今のは基礎編かな。次は?」
「ユルグ南部の街へ行ったとして、お前はその街が賑わっていると感じたとする。物価を調べてみると半月前から急激に上がっている。ただ軍の大部隊を見掛けたりはしていないし、南からも北からも進攻すると言う噂は耳にしない」
ジョクーはこの推理ゲームが面白くなってきた。
「ええと、多分こうだ。物価が上がったって事は政府が物資を大量購入し出したって事で、侵攻の実施を半月前には決めてたって事だな。南の街が賑わっているのは、ここに金が集まっているからで、何かこの街の物を買っているって事だ。でも、軍がこの街を拠点にするなら、その事を商売人が知らない筈はない。やっぱり侵攻は北からだ」
「よく分かったな。その通りじゃ。軍が虚偽の噂を流す場合、特にどこから侵攻するのかに関しては正解の方角から真逆の内容が聞こえてくる事が多い。北から攻めるつもりなら、南から攻めると間違った情報を流したいじゃろう? 但し、そう考えるのは北に布陣している軍幹部達じゃ。南の街には誰もおらん。間違った噂を流したくてもできん理屈じゃ」
「いやあ、面白いな。それで集めた情報はどうやって知らせるんだ?」
「手紙を送れ。同じ内容を二通以上、違う業者を使ってな」
「分かった。俺の名推理を聞かせてやる」
キリムが口を挟む。
「あのさ、事実のみを坦々と書いて欲しいんだけれど」
「俺の推理は書いちゃ駄目かい」
「書いても良いよ。でも事実の部分とは別にして、追伸として書いてよ」
憮然としながらも山賊は応じた。しかし自分を間諜に使うとは、人の考え方はどこでも同じらしいと嘆じながら。
ギーゾが帰着した。金貨の詰まった木箱を三人掛かりで持ち上げる。卓に乗せると、どさりと小気味良い音がした。皆が丸くなってそれを囲み、重々しく蓋が開けられる。
「い、幾らになったんじゃ?」と吃るウテイホ。
ギーゾは坦々と応じる。
「五千バルドスだな。ここにあるのは四千枚で、残りは銀貨と銅貨にしておいたぞ」
「ちと色が薄いが?」
「そりゃアスマン金貨に比べればスカスカだよ。金含有率は三割ってところだ」
ノンモはもう耐えられない。
「まずは何か食べようじゃないか。肉とかさ」
「まずは家だよ。それに服も新調したいな」
少年にも買いたい物は一杯ある。
ギーゾを先導に、一行は高級住宅街へと移動する。城に近く、市場とはやや離れた一角に目的の物件があった。
ギーゾが借りてきた鍵で鉄門の南京錠を外す。
「これがお奨めの物件だ。旧侯爵の別邸で、塀も高く屋敷も立派。衛兵の詰め所もある」
ノンモがかつての商売勘を取り戻したかの様に、鋭い目付きで言う。
「ご託はいいから値段を言いな」
「この庭を見てくれ。手入れはされていないが、見事なもんだろう」
「こりゃ庭って言うより雑草畑だね。ところで値段はどうなんだ?」
「それがたったの二百バルドス! ときたもんだ」
「確かに安いが、何か理由がありそうだね」
ノンモの目が険しく光る。
少年も会話に加わった。
「お化けが出る、とか?」
「滅相もない。誓って何も出ないぞ」
商人は大袈裟に頭を振った。
ノンモが厳しく追求する。
「隠すんじゃないよ。安いのには何か理由がある筈さね」
「いや、それがね、住んだ者は皆病気になるらしいんだ」
「どんな病気だい?」
「春先から初夏に掛けて、軽い風邪の様な症状が続くらしい。それも毎年」
「やっぱりね。そんな事だと思ったよ」
王妹はのしのしと庭を進む。そして、黄色い花を付けた草が咲き誇っているのを見付け、決断した。
「それじゃあ、こうしよう。値段を百八十バルドスにするか、そっちの費用持ちで衛兵と下女を付けておくれ」
「百八十はきついな。でも人手なら貸せそうだ。衛兵と下女を一人づつ、それを月に銀貨百枚で付けよう」
「信用できる人である事を条件に、月に銀貨八十枚でなら。それ以外に、ここが住める状態になるまで十人貸しておくれ」
「商談成立だ」
ギーゾは金貨と交換に鍵を渡し、ほくほく顔で店に戻った。
一行は貴重な拠点を手に入れる事となった。曰く付きの物件だが。
ウティホは妻の判断が気に入らない。
「買い物上手なお前の判断に口は出すまいと思っていたが、病気になる家ではなあ」
「馬鹿だねぇあんたは。この草を見て御覧よ」
「野菊か?」
「豚草だよ。こいつの花粉には毒がある。それもこんなに生えていちゃあ、病気にもなるさね。刈っちまえば済む話さ」
「おお、そうか」
やはり口出しせずに正解だった。
やがて店から十人の人手がきた。ノンモの本領発揮である。全員に手鍬を持たせ、庭の手入れから始める。豚草は土ごと外して捨てさせ、それ以外は芝を残して雑草全てを刈り取らせた。そして、屋敷の窓を開け放ち、床と言わず壁と言わず徹底的に拭き清める。古い物ばかりだが調度品がそのまま残されており、新たに買う必要は無さそうだ。
見る見る手入れが進む。寝台の敷布や窓掛けと言った布地類を買い換え、ついでに皆の服も新調し、食料品や燃料、それに酒と茶、薬草も買い揃えた。
万事終了し、古惚けた家が立派な屋敷となった。臨時アスマン城の完成である。山村で寂しく暮らしていた頃とは何もかも違う。ここから全てが再出発するのだ。




