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エースな彼女は変化球が投げられない  作者: 芝井流歌


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8/24

8☆謎なんですけど

 



 翌日、るなの入団後初の試合はベンチスタートだった。

 監督の『まずはセシアナの球に目を慣らせ』という教えで、その日は出場なく一日中ベンチを温めていた。

 おかげで速球や配球なんかも勉強になった。タブレットを片手に、データを見比べたりメモを取ったりと、忙しなく目と指を動かしていた。

 その代わり、頭ばかりが疲弊してしまった。るなは土の付かなかったユニフォームを脱ぎ、着替え片手に選手専用シャワールームへ向かう。

 スライドドアに手をかけると、るなの力に関係なく、ものすごい勢いで扉が開いた。


「……わっ!」

「おっと、るなさんじゃないですかぁ。シャワーこれからですか?」


 中から飛び出して来たのは真鈴。明後日に先発予定なので、試合に出ている選手にかぶらないよう先に浴びていたらしい。ドライヤーは中に備え付けてあると聞いたが、まだ乾かしていないらしく、首にかけたタオルに水滴が滴っている。


「うん。結局、練習しか汗かいてないけどね」

「ギリギリまでモニター見てたから知ってます。残念だなぁ。るなさんの子ウサギみたいな守備見たかったのにぃ」

「誰が子ウサギよっ」


 真鈴はペロッと舌を出し、「すいませーん」と左手でタオルドライし出した。

 直後、るなは信じがたい異変に気付く。

 タオルがかかっていたのでパット見分からなかったのだが、左側のタオルがめくれたその下には何も身に着けていなかったのだ。豊満なふくらみの中央の薄桜色のそれが、30センチ低いるなのちょうど目線の高さにあった。


「えっ! な、なんで服着てないのよっ」

「ん? あー、ギリギリまでるなさんの出番見守ってたんで、急いで着たら忘れちゃっただけですよ?」

「だけですよ、ってあなた……」


 女子野球一筋なので、女性の裸体は見慣れていないわけではない。

 だが、それは日本人女性の身体に限っての話だ。タンクトップに短パンというだけでも充分魅惑的な肉体美な真鈴は、やはり筋肉の付き方といい、肌の白さといい、四肢の長さといい、欧米人の血が入っているのだと思い知らされる……。

 るなは直刺できずに俯いた。が、下も履いていないらしく、巻いたタオルからスラリと白く引き締まった筋肉の長い美脚が延びていた。


「あれぇ? るなさん、ほっぺ赤くしちゃってどうしたんですかぁ? もしかして、あたしの裸に欲情……」

「は、はぁっ? あのね、日本人はあなたみたいに簡単に露室しないのっ。他の選手だっているんだから、少しは慎みなさいよ」

「えー。んまぁ、るなさんがあたしの身体を独占したいって言うんなら、外では慎みますよ」

「そんなことばっか言ってると、教えないんだからね! どいて」


 入り口に立ちふさがっていた真鈴の右腕を押しのけ、るなはずかずかシャワーブースへ入る。触れた際に、やはり速球を投げられない自分なんかとは比べ物にならない柔軟な筋肉の感触がした。

 昨日の練習後にも利用したが、オーシャンドーム備え付けの備品はどれもラグジュアリーな香りがする。ドルフィンズの母体である医療企業が製造しているシャンプーや化粧水らしい。髪はしっとりサラサラになるし、肌ももちもちになる。るなは香りも使用感も、一度で気に入ってしまった。自分の部屋にも欲しいくらいだ。


「ヘイ、るな」


 超高速ドライヤーで乾かし終わると同時に、鏡越しに1人の選手と目が合った。

 先ほどの真鈴と同じく首にタオルをかけてはいるが、こちらはきちんとバスローブを羽織っている。確か、同じ内野手のマルティナだ。

 柔和な表情ではない。るなは振り返り、立ち上がった。


「るな、何を話しているのか分からないけど、あまり神月真鈴と親しげに話さないほうがいいよ。君も知っての通り、彼女はスーパースターだからね。わたしたちはるなを歓迎してる。だから忠告しておくわ」


 ……全く理解できなかった……。

 独特の巻き舌からして、スペイン語だと思われる。英語すらちんぷんかんぷんのるなが、スペイン語の単語一つ聞き取れるわけがない。

 かろうじて真鈴と自分の名前が出てきたようなことだけは分かった。いい話ではないんだろうと察する。あちらも日本語はさっぱりらしく、伝わらなかったことに困った顔をしている。


「気にすることないよ、るな」


 ポンっと肩を叩かれた。振り向くと、まだ汗くさいままのサエが立っていた。スタメンから捕手で、今日は2本のヒットを打っていた。試合には負けたが、すがすがしい表情をしている。


「サエさん、スペイン語分かるんですか? なんて言ってたんですか?」

「ちょっとだけね。大丈夫。気にしなくていいよ。みんな神月真鈴に憧れてるんだ。マルティナも悪いやつじゃないから、許してあげて」


 やっぱり……と、ため息をつくるな。

 昨晩、兄にも忠告されたのだ。『学校のマドンナとキモオタがくっつくレベルの話じゃねぇぞ! バッシング覚悟で口聞かないとメンタルやられるからな』と……。

 そんなことを言われても、くっついてくるのは真鈴のほうだ。話しても無視しても、るなが悪者になることには変わらない。

 話しかけてくれるなと真鈴に釘を刺そうか……。そうも考えたが、言って効く真鈴ではないだろう。真鈴が周りに興味を示さなくなった分まで、るなに執着が向いているのだ。強引に突き放して、また破天荒に逆戻りされても困る。


「私は大丈夫ですよ、サエさん。学生時代、先輩からレギュラー奪っちゃって妬み買ったこともありましたし、ファンを取られただのなんだのってもめ事に巻き込まれたこともありましたし。女子の理不尽な嫉妬には慣れてます」

「あー……まあ、どこにでもある話だけどさ。スケールがちっとデカいんだよなぁ……。まっ、なんかあったら相談しな? タブレットから、いつでもメッセできるから」


 ははっ、と苦笑いするサエ。キャッチャーはポジション上、周りがよく見えたり、気を効かせられる人が多い。頼もしい先輩がいるだけで、嫌なことも半減するので有難い。


「ありがとうございます。今度、うちで一緒にお肉食べませんか?」

「えっ! 神月真鈴とっ?」


 がっしりとるなの両手を握り、「行く行く行く行く!」と大興奮のサエ。るなの味方ではあるようだが、サエにとっても『肉より真鈴』なのか……と複雑な気持ちになる。

 サエと別れロッカールームに戻ると、るなのロッカーの前に仁王立ちのトウコがいた。るなを待っているようだが、壁際に厳しい視線を送っていた。

 なんとなく察してるなもちらりと一瞥する。スパッツから延びる長い足を投げ出し、ソファで独りタブレットをいじる真鈴の姿があった。案の定、真鈴を見張っていたようだ。


「トウコさん」

「……あぁ、るな。待ってたのよ。今日ももう一度バスの練習しておいたほうがいいから、迎えに来たの」

「え……。バスはもう昨日……」

「いいから、支度して?」


 話し声でるなに気付いた真鈴がぶんぶん手を振ってきた。バスというよりも、そっちか……と納得。「すぐ行きます」と帰り支度を始めた。


「本当に何もされてないでしょうね?」


 出口に続く廊下を歩きながら、トウコが小声で尋ねてきた。全く信用がないらしい。マネージャーは心労が絶えない仕事なんだな……と不憫に思い、「はい、大丈夫ですよ」と笑ってみせる。

 マネージャーは基本的に裏方の仕事だ。選手がグラウンドに出ている間は、スケジュール調整や他のスタッフとの打ち合わせなどをしている。いくら真鈴の言動が心配でも、自分の仕事そっちのけで見張り続けるわけにはいかないのでヤキモキしていたのだろう。


「ならいいけど……。はぁ、でもやっぱり心配だわ……。今日は例の約束してるの?」

「いえ、今のところしてないです。バス停の前のコンビニで夕飯買って帰ろうかなと思ってました」

「……夕飯の話じゃないわよ?」

「あ、あぁ、あれですね? いえ、それもまだです」

「もう……るな? 肉料理が好きなのは分かったけど、食べ物でつられないでよ? フェロモンに魅かれてホイホイくっついていくのは一万ぽ譲っても、お肉に魅かれてほいほいくっついていくなんて笑い話にもならないからね?」


 はぁ……と、もう一つため息を吐くトウコ。痛いところを指摘され、るなはドキリとする。


「だ……だとしても、私には手出しはできないはずですよ? 私が臍曲げたら、教えてもらえないって分かってると思いますし……」

「そうかしら? 私たちには嗅ぎ分けられない匂いがあるんじゃないの? ファンに手を出した話は聞いたことないし、スタッフもほとんど聞かないもの。きっと選手にしか分からない『何か』を、神月真鈴は発しているのよ」


 るなは少し意外に思った。てっきり選手以外とも遊んでいるんだと思っていたのだ。

 単純に、ファンと選手では『憧れ』の意味が違うのかもしれないが、こうも極端だと、トウコの言う『何か』が存在するのかもしれない……。

 ならば、なぜその『何か』が、るなには発動しないのか謎である。


「これ、被って」


 トウコは通用口に近付くと、フリルたっぷりのリボンが付いたつば広ハットをるなに手渡した。昨日バスで帰ろうとした際、日本人選手の追っかけで有名なファンに声をかけられたのだ。幸い、トウコがバッサリと対応してくれたのでしつこくはされなかったのだが……。


「小さいと逆に目立つのよ。これなら、小戸もかな? ってジロジロは見られないはずだから」

「はぁ、なるほど……」


 とは口にしたものの、選手を守る仕事上、残酷な提案も容赦ないな……と苦笑いするるな。深めに被り、関係者通用口からバス停へ向かう。


 バスに揺られながら、考えてみた。他の選手と自分は何が違うのか、と。

 自分はこんなふりふりハットが似合うちんちくりんだから、真鈴のフェロモンに反応しないのだろうか。野球一筋で、恋愛などしたことがない。憧れはそれなりにいたが、それは『一緒にいたい』とか『そばにいたい』という類いのものではなかった。

 手を握るより、ボールを握っていたい。そばにいるよりも、マウンドにいたい。デートするよりも、野球をしていたい。

 野球より好きになれるものなんてない……。


「だから、か……」

「ん? 何か言った?」

「いえ、何も」


 笑ってごまかするなを、トウコは不思議そうに見下ろした。10分と少しでホテル最寄りのバス停に到着する。トウコには近くのコンビニまで付き合ってもらい、ホテルまでは独りで帰った。

 ……真鈴は初恋だと言っていた。本当かどうかは定かではない。


「自分よりかっこいい人、ねぇ……」


 エレベーターの背面に備え付けられている鏡を見つめ、このふりふりハットが似合う自分のどこが……? と首を傾げるるなだった。




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