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エースな彼女は変化球が投げられない  作者: 芝井流歌


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5/25

5☆眠いんですけど

 


 ホテルというよりは、単身者向け1DK。ユニットバスなのは覚悟していたが、オーブンレンジ付きミニキッチンもウォークインクローゼットも使いやすそうだ。テレビもベッドも大きいし、ソファの座り心地も申し分ない。


「ずっとここでもいいのになぁ……」


 とはいえ、寮が空かなければ1ヶ月以内に部屋を借りなければならない。もしそうなったら、今日のような過ちがないように、不動産屋には必ずトウコに同行してもらわなければだ。

 夕飯はルームサービス。がっつり肉料理を食べたいところだったが、『おにぎり2こセット』をペロリと2つ頼んだ。塩加減が絶妙だった。

 シャワーを浴び、愛用のぶたさんパジャマに着替えた。髪を乾かし、ベッドに倒れ込む。荷ほどきは後にして、今日はもう眠りたい……。

 サイドテーブルの時計を見上げた。まだ20時。瞼を閉じた。日本を出発してからまだ丸1日も経っていないというのに、もう何日も経った気がする……。


「あ……目覚ましかけとかなきゃ……」


 明日からは内野手の夕海るなとして生まれ変わる。練習メニューもピッチャーのそれとは違う。日本人選手が人気なセシアナといえど、日本で二流だった『夕海るな』を知る人はほとんどいないだろう。

 気にしてるのは自分だけだ。マウンドを降りたってプロであることには変わらない。これからは守備と打撃に専念すればいいだけだ……。


「……んもぉ……誰ぇ?」


 慣れないベッドで心地よく眠りに落ちかけたところで、枕元のスマホがブーブーと震えだした。重たい瞼をこじ開ける。画面には『お兄ちゃん』と表示されていた。


「……なにーぃ?」

『おいこらっ、なにーぃはないだろー? 着いたらちゃんと連絡しろってあれほど言ったのに』

「あー……ごめんごめん。ちゃんと着いてるよぉ」

『ごめんごめんじゃねぇよ。お兄ちゃんがどんだけお前のこと心配してると思ってんだ?』


 日本とセシアナの時差は4時間。あちらが早いので、現在は0時頃だ。早寝早起きの兄がこの時間まで起きているのは珍しい。本当に心配してくれていたのだろう。

 るなはころんと仰向けになった。おかっぱの黒髪が枕に広がる。


『なんだ、明日も試合の俺が起きて待っててやったのに、自分だけ寝るつもりだったのか?』

「だからごめんってばぁ。空港着くなり本社行って会見して、それからもめっちゃ色々あって大変だったのっ」


 ふわぁっと1つあくびを挟む。兄が『だからってお前なぁ』とため息をついた。


『なんだよ、もう会見終わってたのか。ドルフィンズの公式SNSに上がってんかな? どうせカチコチだったんだろ?』


 不機嫌だった兄が、一瞬でニヤけたのが分かる。妹をイジる悪い顔だ。


「何喋ったか全然覚えてない。英語ばっかでちんぷんかんぷんだったから、ずっと隣の通訳さんのほう見てたことしか覚えてない。あっちの人は日本語達者だから会見も日本語で質問されるってお兄ちゃん言ってたけど、だーれも日本語で質問してこなかったよ!」

『あれー? そうだったかー? でもあれだろ? おかっぱにしたのは好評だったろ?』

「髪型のことなんて誰もツッコんでこなかったー! ほんっと、お兄ちゃん嘘ばっか」

『そうか? まぁ見てくれのことは置いといて、そっちは日本よりも上下関係厳しいからな。特にうるさそうな年上にはこび売っとけよ?』


 勢いよく頭を下げた真鈴の姿を思い出した。くすっと笑いが込み上げてくる。これだけは兄に聞いておいてよかったので感謝だ。


「分かってる。……んじゃそろそろ寝たいからまた電話するよ」

『ん。じゃあ寂しくなったらいつでも電話してこいよ? おやすみ』

「もー、子供じゃないんだから……。おやすみ」


 通話画面が消え、日本人形のような自分が映る。もう1つあくびが出た。寝返りをし、枕元に置きかけたスマホがまた震え出した。


「なんっなのよ、もう……」


 登録のない番号が表示されていた。見慣れない並びからするに、セシアナの携帯番号だろう。球団関係者だろうか……。

 ならばふにゃふにゃ声ではまずい。るなはもそもそ起き、ベッド上で座る。通話ボタンを

 タップした。


「はい、夕海です」

『ハァーイ! ユーミせんぱーい!』


 いきなりの陽気な挨拶。声の主は先程まで間近で聞いていた声なのですぐにピンときた。

 お互いのスマホをくっつけると連絡先が交換できるなど知らなかったるなだったが、あちらは『はい! これでオッケー! 』と、慣れた手付きでるなの連絡先を登録していた。

 ……が、早速も早速すぎる……。


「な、何? 早速電話してきて……。スケジュールならまだ分かんないってさっきも言ったでしょ!」

『その話はまた今度ゆっくりするとして。なんですかなんですかるなさん! またあたしに嘘ついたんですねー! ヒドイです!』

「は? なんの話?」


 電話越しに歓声が聞こえた。内容までは聞き取れないが、実況の声も入っているので試合の動画だと思われる。微かに『さんしーん!』という日本語が聞き取れた。


『さっきの美人スタッフ、ドルフィンズのマネージャーですよね。早速『ユウミルナ ドルフィンズ』で検索しましたよ! るなさん、会見の帰りに迷子になってたんですね? ドルフィンズのユニフォーム着たジャパニーズドールかと思いました! 会見の動画もめちゃめちゃかわいくて……あっ、いやいや、そうじゃなくてですねー?』


 とりあえず興奮だけは伝わってくるのだが、何が言いたいのか分かりかねる。球団関係者ではなかったという緊張の糸が切れ、るなはまたポテンと枕に頭を乗せた。疲れと眠気で朦朧としてきた。早く通話を終わらせたい。


「あー……あれ、見たんだぁ。まぁ、そゆおと……」


 セシアナでの第一声になるのだから、やはり到着したその足で会見するのは黒歴史の1ページを刻むようなものだ。兄も今頃爆笑していることだろう。

 自身も確認したいところだが、恐怖と眠気で今日は諦めることにしたるなの耳に、真鈴の。更なる興奮の声が響いた。


『そゆことー、じゃないです! やっぱりピッチャーだったんじゃないですか! なのになんでやめたんですか! もったいない、両投げのピッチャーなんてそうそうできるもんじゃないですよ! どうして内野手にコンバートなんか……』

「だから……会見の冒頭で球団が言ってたでしょ? 英語、分からなかったの?」

『分かるから言ってんじゃないですか! 日本でのデータも全部見ました! そりゃフィールディングもバッティングもズバ抜けてるからピッチャーだけやらせるにはもったいないですけど、だからってピッチャー辞めることないじゃないですか! 日本の球団はおかしいです! ドルフィンズもおかしいです! もっと教えるのが上手いコーチについてもらえば、もっとバシバシ三振取れます!』

「あのねぇ……両投げの選手を教えられるコーチなんてそうそういないでしょ? かといって今更どちらか一本に絞るとかもできないし……。もういいの。ドルフィンズは私の守備力と打撃成績を認めて呼んでくれたんだから」


 何度も自分に言いきかせてきた台詞だ。真鈴の後ろで『世田谷女子大学の夕海るな、2試合連続の完封勝利ーぃ!』という、懐かしい実況が微かに聞こえた。

 るなは元々右利きだ。左投げに挑戦しだしたのは、野球を始めた小学1年生の頃。当時5年生の兄が左投げだった。気持ちいいくらい三振を奪っていたので、見よう見まねで習得したのだ。

 そしてるなが5年生になった年の誕生日、父が両投げ用のグローブをプレゼントしてくれた。親指を入れる穴が両サイドにある特注品だ。それまでは使わないほうのグローブをベルトに引っかけていたので、グローブが1つになった分も身軽にプレイできるようになり守備にも磨きがかかった。

 中学生になってもほとんど身長が伸びなかったので、るなは高校卒業まで唯一無二のグローブでアウトを奪い取ってきた。小柄ながらもコンパクトなバッティングも評価が高く、大学は推薦でなんなく進めた。


「今までが上手くいきすぎてたの。チビだから人の何倍も苦労したけど、シンデレラストーリーは一生は続かない……。せっかくドルフィンズに引き抜いてもらえたんだから、今度は打撃成績落としてクビにならないように頑張るだけよ」

『るなさん……。あたしるなさんの覚悟も知らずに、ほんと失礼なこと言っちゃって……』

「ひっぱたいてごめん。真鈴の言いかけた通り、私は日本ではピッチャーとして生きていかれないから来た。でもそれを言われたくなくて……。まぁ、あの時はそれ以上にあなたが悪いんだけど」


 セシアナトップクラスの選手相手に、自分は何を馬鹿正直に言っているのだろう……と乾いた笑いがもれた。真鈴は黙っている。


「もういい? 私、寝るから」

『……るなさん』


 今までの食いつきが嘘のような落ち着いた声の真鈴が、腹をくくったように声を低めて言った。


『あたしに、投げ方を教えてください』

「……はぁっ?」


 あまりの突拍子もない言葉に、るなは思わず飛び起きる。自分が通話相手を勘違いしているのか、はたまた真鈴がかける相手を間違えていたのか……。


『あたしに、右投げを教えてください! あたしも両投げをマスターしたいんです!』

「し、知らないわよ、そんなの! そっちのコーチに教わりなさいよ!」

『さっき自分で言ったばっかじゃないですか。両投げを教えられるコーチなんてそうそういないんでしょ? んなら、るなさんがあたしに教えてくださいよ』

「ふざけてんのっ? 私の過去の動画見てるんでしょ? そんなのが通用するの、大学野球までだったのよ。私はもう……」


 右も左も中途半端になってしまった二流……。

 なんて、情けなくて言いたくなかった……。

 るながその先を飲み込んでいると、真鈴が続きを汲み取った。


『くれぐれも、自分を二流だなんて思わないでくださいよ? あたしは左投げ。武器は主にストレートとフォークです。るなさんみたいな繊細な変化球よりも、力で強引に合うとを取るタイプです。そんなあたしがるなさんみたいな技のある変化球を右に左に投げられるようになったら、最強だと思いませんか?』

「最強とか、そういう問題じゃないでしょ。真鈴はもうセシアナのトッププレイヤーじゃない! 今さら慣れないことして、今のフォームを崩したらどうするのよ」

『いーえ! あたしにはるなさんの技術が必要です! るなさんがピッチャーを諦めるっていうなら、あたしに託してみませんか? あたしなら、るなさんの……ううん、あたしとるなさんなら、最強のコンビになれます!』


 るなは絶句した。

 未練……そんなものは、日本を発つ時に成田空港のゴミ箱に捨ててきた。

 内野手として、新天地で生まれ変わる。

 何度もそう言いきかせてきた……。


「簡単に言わないで! 教えるなんて無理。超一流のあなたに、ド三流の私が何を教えられるって言うの?」

『るなさんは二流でもド三流でもない、ド一流です! 動画見て、あの変化球はどれもキレッキレで惚れ惚れしました。セシアナにはあんな繊細に投げれるピッチャーはいません。だから、るなさんが無理矢理手放そうとしてるものを、あたしに引き継がせてくださいって言ってるだけです!』

「勝手にして! 私は無理矢理手放したわけじゃないし、明日からは自分の練習で精一杯だからあなたの冗談に付き合ってる暇はないの」

『じゃあ勝負してください! あたしのストレートを打ち返せたらきっぱり諦めます。もし打ち返せなかったら、その時はあたしに技術を託してもらいます』

「その勝負、私に何のメリットがあるの? バカにするのもいい加減にしてよ!」


 るなは強引に通話を切った。すぐにまた振動しだしたスマホを、ソファへ投げつける。ブーブーとうるさいバイブ音が鳴り止まない。布団をかぶり、枕に顔面を押しつけた。

 明日から、夕海るなの新しい戦いが始まる……。

 事故中スター選手に振り回されてる場合ではない……。

 切り替えろ。自分に集中しろ……。


「……んもーっ!」


 布団を蹴り飛ばし、ガバッと身を起こす。せっかくの眠気が怒りで覚めてしまった。ルームシューズをもぞもぞ手繰り寄せ、窓辺へ向かう。

 カーテンを開けた。東京育ちのるなは、地方遠征の再、星を見るのが楽しみの1つだった。

 見たことない数の星々が瞬いている。日本のどこよりも奇麗だ。小さなるなを歓迎するかのように輝いている。


「オーシャンドーム……」


 そして、ぽつりぽつりと光るネオンの先に、今にも空高く飛び上がりそうな青いイルカが光り輝いていた。

 真っすぐに、星空を目指して……。




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