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エースな彼女は変化球が投げられない  作者: 芝井流歌


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16/26

16☆忘れたんですけど

 



 真鈴のことだ。試合後のるなを待ち伏せし、初ヒット・初盗塁を大騒ぎしてくるとばかり予想していたるな。

 だが、るなの導線上に、真鈴が現れることはなかった。なんだかんだ拍子抜けしてしまったところで、帰り支度を終えたるながスマホを覗くと、、試合直後に受信したと思われるメッセージが1通届いていた。

 702号室。『ホテルに戻ったらすぐ来てくださいねー』というメッセージ通り、るなは空腹と空虚感を抱いたままコンコンとノックをする。


「おかえりなさい、るなさん! お疲れ様でしたぁ」


 るなの中の違和感になど気付くことない真鈴は、いつもよりもご機嫌な様子。るなにはそれがホッとするようなもどかしいような、複雑な気持ちだった。

 テーブル上には、すでにフルコースが並べられている。ボリューム満天の弁当も、彩りと栄養バランスを考えられた、ケータリングのような内容だった。このフルコースも弁当も、本当に1人で作ったのか疑いたくなるほどの出来映えである。


「お弁当、おいしかったよ。めっちゃお腹いっぱいになったけど、おかげで頑張れたのかも」

「頑張れたのはるなさんの実力です。でも、るなさんが愛の力だと言うのであれば、あたしのおかげですね!」

「いや、そうとは言ってない」


 奇麗に洗った三段重を差し出すと、真鈴は「ほんっと、冷たいんだからなぁ……」とブツブツ言いながら受け取った。

 先発の翌日なので、真鈴はオフに近い。取材の後は軽く自主調整したらしいが、ご贔屓のスーパーマーケットまで、わざわざ食材を調達に行っていたと言う。


「真鈴がスーパーって……似合わないし、すっごい浮きそう。私には見えないけど、なんかオーラで目立ちそうだし」

「失礼ですねぇ。失礼極まりないですねぇ。どれを取っても失礼なことばかりじゃないですか。傷つくなぁ。るなさんのために、車かっ飛ばして遠くまで買いに行ったのになぁ」

「ごめんごめん。あの付き人みたいな人に頼んだりしないの?」


 聞けば、移籍当日に台車を推していた金髪美女2人は、アクアマリンのスタッフではなく、真鈴が個人で雇っていた専属マネージャーだと言う。るなはトウコのように、数人ずつ選手を担当する球団マネージャーしか知らない。桁違いの年俸を貰っている選手は金の使い道も違う。


「時間がない時はアンナとアリサに頼みますけど、基本的には自分で見て買いたいので1人で行きますよ。コソコソしてるより、意外と堂々としてるほうがバレにくいもんです。明後日からは遠征ですし、あまりたくさんは買いませんでしたけどね」


 言いながら、真鈴はシャンパンをグラスに注ぐ。高級レストランにでも来たかのような気分のるなは、場違いな気がして落ち着かない。急かされ、おずおずと席に着く。


「るなさん、初スタメン、初ヒット、初盗塁! おめでとうございまーす! はいはい、早くグラス持ってー! かんぱーい!」


 るながシャンパングラスを掲げるのを待ちきれなかったようで、真鈴は身を乗り出しながらグラスをカチンと当ててきた。

 真鈴の表情は、自分の完封勝利の後よりも輝いているように見える。きっとこのシャンパンも高いんだろうな……と、ちびり舌先で嘗めるるな。甘いリンゴの味がした。


「真鈴……。これ、リンゴサイダー?」

「そうですよ? でも雰囲気出ないから、シャンパンの空きボトルのラベルを貼り替えたんです。るなさんはこっちのほうがお好きでしょ?」

「あのねぇ……。こう見えても、お酒は強いのよ? 明日も試合だからこれでいいけど……」

「えっ、そうなんですか! こりゃ意外でした。人は見かけによらないもんですねぇ」

「そっちこそ失礼だっつーのっ」


 ムスッと唇を尖らするなに、「あははっ、わざとですよー」といたずらな笑顔を見せる真鈴。フォークやナイフに並んで箸が添えてあったので、ダブルでムカついたるなは箸を握り、彩り鮮やかなサラダを口いっぱい頬張った。


「いやぁ、それにしても、るなさんの活躍はもうちょっと近くで見たかったなぁ。やっぱモニター越しじゃなくて、マウンドかベンチから見たかったです。ほんっと、素晴らしいデビューでしたよ!」

「……ありがと。でも、チームは負けちゃったからさ……」


 るなは箸を動かしながら、どこか歯切れの悪い返事をした。口に運んだチキンソテーは、真鈴が丁寧に下ごしらえしてくれたおかげで、とても柔らかい。

 だが、今日の試合後に感じた得体の知れないモヤ付きは、るなの苦手な魚の小骨のように喉の奥に引っかかっている……。


「なんでそんなに浮かない顔してるんですか? シーズンは140試合もあるんです。自分が活躍しても負ける試合なんていくらでもあるでしょう? 負けたの、るなさんのせいじゃないですよ。9回のあのヒット、完璧だったじゃないですかぁ。相手のクローザー、顔真っ赤にしてイラついてたし。あれ、最高におもしろかったなぁ」


 真鈴は屈託なく笑う。その余裕は、彼女が今日の試合に出場していないからだけではないだろう……。

 三振を取るタイプの真鈴のピッチングは、守備のファインプレーやエラーに左右されることが少ない。それに比べ、リホのように『打たせて取る』タイプのピッチングは、時に大きく左右される。

 野球は1人でやるものではない。チームプレイである。それを真鈴が忘れているわけはないとは思うのだが、彼女にとっては『目の前のバッターをねじ伏せるか否かだけの勝負』の連続なのだろう。


「リホさんのピッチングも悪くなかったと思うんですけどね。スリーラン打たれても、顔色一つ変えない強気なところが伸びしろですよ。あっ、年下のあたしが言うのもなんですけど」

「それが、『負け慣れてる』じゃなければいいんだけどね……」

「え?」


 真鈴の手がピタッと止まった。


「ねえ、真鈴……。私、今日試合のあとサエさんを夕飯に誘ったんだ……」

「え、えーっ! るなさん、もしかしてもしかして、あたしよりサエさんのこと……」

「何の話よ。……なんかさ、私、サエさんとかみんなともっとコミュニケーション取らなきゃなのかなーって思って……。温度差があるのよね。色々話したかったんだけどな……」

「まだ一週間じゃないですか。……ってかるなさん、あたしには可愛い子と仲良くしたいの我慢しなさいって言うくせに、自分はみんなと仲良くしたいって言うんですかー? あたしというパートナーがいるのにぃ」

「だからっ、何の話しよっ。あなたと私の話は全く別だから」


 しばし沈黙が流れる。るなは真鈴の視線に気付かぬふりをして黙々と箸を進めた。手作り料理はどれもおいしい。だが、今のるなには少し箸が重たい。

 そんなるなをジッと見つめていた真鈴だったが、リンゴサイダーをグイッと一気に飲み干し、徐ろに席を立った。

 冷蔵庫からもう一本取り出してきた。コルクを開けているところからするに、今度は本物のシャンパンだと思われる。真鈴は空になった自分のグラスに注ぎ、「それで?」と続きを促してきた。真面目に話す気になったらしい。


「……なんかね、『負け慣れてる』って空気を感じちゃうの。私が先発だった時、負けた試合は自分の責任って思ってた。そりゃ自分が絶好調なのに味方が打てなかったらもどかしさはあるけど……。でも、そんなのお互い様じゃない? あなたの言うように、シーズンは長い。いちいち負け試合を気にしているより、切り替えが大事。でもね、監督もみんなも淡々としてて、なんか、なんか……上手く言えないんだけどさ……」


 言葉が続かなくなかったるなも、リンゴサイダーを一気飲みする。「私にもちょうだい」とグラスを差し出したが、真鈴はシャンパンではなくリンゴサイダーのほうを注いできた。


「なんでよ。真鈴だけずるい」

「それで? るなさんは、みんなのことおをもっと知りたいと?」


 真鈴は優雅にチキンソテーを口に運ぶ。


「……私は、自分が入る前のチームメイトを知らない。私もあなたも、強いチームしか知らない。リーグ内で低迷してるドルフィンズメンバーの気持ちが分かんないんだよね……。サエさんはいつも私のこと気にかけてくれるし、真鈴と夕飯だったら喜んで来てくれるから、少しでもみんなのこと聞けたらなー、って思ったんだけど……』今日は毒づきそうだから、また誘って』って断られちゃった……」


 濁したるなの言葉に納得のいかない様子で「それだけですか?」と真鈴が目を細める。


「……リホのボールに物足りなさを感じちゃったんだって。昨日、真鈴のボールを受けたから、『現実を突きつけられた感じ』って落ち込んでた。真鈴のボールを知った後にリホの球を受けると、どんなピッチャーもしょぼく見えちゃうって……」


 それはキャッチャーとして、チームメイトを蔑みたくないという葛藤だ。るなは、サエが廊下で見せた、あの絞り出すような、諦めと羨望が混ざった表情を思い出していた。


「夢なんか見たくなかった、みたいな言い方だった。私、なんだか怖くなった。強い駒が加入すれば、単純にチームは団結して上に行けると思ってた。でも、なんかこう………『今日は真鈴じゃないからしょうがない』みたいになっちゃわないかって……」


 沈黙が流れる。視野の外で、真鈴がカトラリーを置いた音がした。顔を上げたるなを、真っ直ぐ見据えている。


「……サエさんは、本当は誰よりも勝ちたいんだと思います。だから、あたしのボールを受けて、これなら今年はいけるって思っちゃったんでしょうね。でも、今日の試合はいつものドルフィンズだった。そのギャップが苦しいんだと思います」


 真鈴の声は、いつになく冷静だった。普段の天真爛漫な彼女からは想像もつかないほどに。

 昨日のたった1試合だけだけれど、真鈴はサエの捕球が輝いていたのを感じていたのだ。

 ピッチャーだったからこそ、るなにもよく分かる。ピッチャーとキャッチャーは、ただ投げる・受けるを繰り返すだけの関係ではない。言葉で伝えられない分、表情で会話が出来る。るなにもそういう相棒がいた。バッテリーとは、不思議とお互いのポテンシャルが伝わってくる関係なのだ。


「リホさんは悪いピッチャーじゃない。でも、あたしのボールとは全然違う。サエさんは今日、あたしの残像と戦ってたんじゃないですかね。キャッチャーがピッチャーを信じきれないで、『もっとこうならいいのに』って思いながらミットを構えるのは……そりゃ、反省もしますよね。いや、反省しなかったらキャッチャー失格です」


 バッテリーを組んだ真鈴だからこその、冷徹な観察眼がそこにはあった。


「もしかしたら、リホさんも感じてたかもしれないですね。心ここにあらずなサエさんを。そりゃ、あたしと比べちゃぁ、誰だって劣る。だからって開き直るくらいなら、ピッチャーなんて辞めちまえって感じですけど」

「真鈴……それは言い過ぎ。」

「おっと! ちょうどスポーツニュースの時間だ」


 真剣な話をしているのに……とため息をつくるな。真鈴は座ったまま「テレビオン」と、音声でテレビを操作する。女子野球コーナーのBGMが流れ出した。


『まずは、クイーンマーメイド対ドルフィンズ。カリスマのセンセーショナルな試合から一夜明け、今日の先発は吉永。立ち上がりは好投だったものの、スリーランを浴び、痛い4敗目』


 英語でのナレーションを、真鈴がるなのために同時通訳し出した。ハイライト映像では、リホがホームランボールの行方を真顔で見送る姿がピックアップされていた。


『そしてドルフィンズには更なる痛手。開幕からサードを守り続けてきたマルティナが、練習中に肘を痛め、今季復帰は絶望。代わりに今月、日本から移籍の夕海るながスタメン。151センチと、セシアナ両リーグ一小柄ですが、身軽に好守備。初スタメンで初ヒット、初盗塁を記録。ベンチで監督に何か言葉をかけられ、笑顔を見せていました』


 盗塁を決めた後、ベンチに戻った際の映像が流れる。監督とコーチに肩を叩かれ、照れくさそうに微笑むるなの姿が、アップで抜かれていた。


「うはーっ! なんですか、あの生き物はー。かわいすぎるっ、かわいすぎます! たまりませんね、あの笑顔! 録画しておけばよかったなぁ。あーん、スマホの待ち受けにしたかったぁ」


 ハイライト映像から切り替わり、今度は試合後のるなとインタビュアーが映った。


『初めてのスタメン。気持ちはいかがでしたか?』

『えーっと、そうですね……。セシアにゃ……しぇシ、セシアナにょピッチャーは……』

「わ、わーっ! わわーっ!」


 るなは大慌てで「テレビオフ!」と叫ぶ。途端に画面は真っ黒。今度は真鈴が絶叫した。


「あーっ! なにするんですかっ! テレビオン!」

「だめーっ! テレビオフーっ!」


 画面は忙しなく、点いたり消えたり。最後の真鈴の「テレビオン!」で、『さて、次はサザンリーグ2位の……』と、別のチームが映った。

 ハイライトは一瞬で通り過ぎていった。負け試合のドルフィンズに割かれる時間は、いつも短い。


「るなさんってばサイテーですー! あんなかわいいるなさんを見せてくれないなんて! 信じられませんよ。あたしのかわいいるなさんを返してください!」


 本人を目の前に、本気で悔しがる真鈴。だいぶ興奮しているらしく、途中から英語で抗議しだした。


「信じられないのはこっちよ。なんでカットしてくんないのー! もうやだーぁ」


 顔を真っ赤にして頭を抱えるるな。一頻り叫んだ真鈴が、思い出したようにスマホに手を延ばした。


「見逃し配信! これなら……」

「わっ、バカぁ! もうほんとにやめてーっ!」


 テーブル越しに身を乗り出し、るなはスマホを引ったくった。当然、真鈴は取り返しにかかる。


「あぁー! ちょっとー、るなさんでも許しませんよ!」

「許してくれなくて結構よっ。絶対見ないって約束するまで返さない!」


 るなはスープが少しだけ残っているのもお構いなしに、真鈴のスマホを抱き抱えて部屋を出ようとする。追いかける真鈴の椅子がガタンと倒れた。

 ダッシュで扉に手をかけたるなを、真鈴が背後から抱きしめた。それでも放すまいと、るなは真鈴を引きずるように廊下へ出る。


「こらっ、るなさん。誰かに見られたらどうするんですかっ。これじゃ、まるであたしがるなさんを襲ってるみたいじゃないですかっ」

「イヤならそっちが離れなさいよっ。約束してくれないそっちが……あっ!」


 もみあううち、るなの手からスマホが滑り落ちる。ワンバウンドし、部屋の中へ。拾おうと同時に2人が手を延ばしたところで、バタンと扉が閉まった。

 廊下に取り残される2人。前屈みのまま、沈黙が流れる。


「るなさん……。るなさんのスマホ、あります……?」

「……忘れた。中……」


 ホテルはオートロック。バーコードキーが入った2人のスマホは部屋の中。

 閉め出され、この後2人はフロントへトボトボとキーを借りに行った。





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