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エースな彼女は変化球が投げられない  作者: 芝井流歌


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11/24

11☆食べたいんですけど

 


 その夜、るなは空腹との戦いに破れ、最寄りのコンビニでサンドイッチをゲットしてきた。

 ドルフィンズも1点差で敗北。最終回には得点圏までランナーを進めたのだが、チャンスを生かせず連敗に終わった。

 今日もるなの出番はなかった。試合前に大仕事を成し遂げたというのに、肝心の試合では出番がない。7回の裏に代走で監督に呼ばれたのだが、守備練習に間に合わなかったるなはアップが不十分だろうとコーチが止めたのだ。

 またもストレスばかりが蓄積されていく。なのに今夜はサンドイッチだ。5つ買ったが足りそうにもない……。


「帰って来てんのかな……」


 702号室の前で足を止める。もうすぐ0時になるというのに、真鈴が帰ってきた気配はない。

 明日は移籍後初先発だ。早めに身体を休めたほうがいいのに、慣れないマウンドの感触を確かめているのだろうか。

 それとも、まだルナイダーを……。


「『ルナイダー』なんて、上手いこと付けましたねぇ。名付け親はセンスがいいです」

「わっ!」


 部屋の前で考え事をしていたので、背後の気配に気付けなかった。肩を竦めて振り返ると、にたにた笑う真鈴がエレベーターから降りてきた。


「ちょっとちょっと、るなさん。居残り勉強のかわいい後輩に差し入れ持ってきてくれたんですか? いやぁ嬉しいなぁ。とっくにサロンが閉まっちゃってたので、お腹ペコペコだったんですよー」


 スイッチ完全オフの真鈴。投球練習場での、闘志むき出しの表情はどこへやらである。るなの大事な食料に手をかけようとするので、慌てて引っ込めた。


「ち、違うしっ! これは私の夕飯」

「夕飯? もう12時ですよ? あー、るなさんてばもしかして、あたしの手料理を待って……」

「そ、それも違うー! ちょっとデータ見てたら遅くなっちゃっただけっ。待ってるわけないでしょー?」

「なーんだ……。がっかりです。じゃああたしはペコペコなんで失礼しますね。早くご飯食べて寝ないと、明日身体が重くなっちゃう。さーぁて、今日は『アレ』を作ろーっと」


 真鈴はハーフパンツのポケットからスマホを取り出し、開錠バーコードアプリを開いた。含んだ言い方にトラップが仕掛けてあると分かっていても、るなの食いしん坊レーダーが『アレ』に反応してしまう。スマホをかざす真鈴の手首をつかんだ。


「ね、ねぇ。アレって何?」

「んー? るなさんは夕飯調達してきたんでしょう? あたしの手料理、食べたいんですか?」

「いや、別に手料理がってわけじゃなくて……。何かなー、って思っただけだってば」

「あーそうですか。じゃあ教えるだけ教えてあげますね。『とんかつ』です。先発の前日は、とんかつを食べろっていつも父に言われてるんですよ。……んじゃ、おやすみなさい」

「えっ、えっ、えっ! とんかつっ?」


 バレぬように顔を逸らし、笑いを堪えている真鈴。まんまとトラップに引っかかった子ウサギ。扉が開いたので慌てて引き留める。


「あのっ……そうっ! サンドイッチ、5つあるから分けてあげてもいいよ! とんかつなんて、こんな時間から食べたら健康に悪いし……」

「でも、それはるなさんのなんでしょう? あたしがもらっちゃったら、るなさん足りないじゃないんですか? それとも……」

「そ、それとも……?」

「とんかつ、半分こしますか?」


 というわけで、すっかり胃袋を掴んだキツネは、いそいそとキッチンでとんかつの支度。とんかつにお目目を輝かせた食いしん坊の子ウサギは、ソファでサンドイッチにかぶりつきながら、タブレットで明日のチームのデータを頭に叩き込んでいた。


「るなさーん? ちゃんと1つ残しといてくださいよー、サンドイッチぃ。あぁ、お腹空いたなぁ……」

「ふぁふぁっふぇふー。ふぁんふぉふぁふぃんふぉ……」

「ぜんっぜん何言ってんのか分かりませんよ。あぁ、お腹空いたなぁ……」


 ぶつぶつ言いながらも、真鈴は器用にテキパキと肉に衣をまぶしていく。次の袋に手を伸ばしたるなだったが、ビニールを剥がしかけたところで最後の1つだったことに気付いた。


「ねぇ、あとどれくらいで出来る?」

「んー、あとは揚げるだけなので、5・6分ってとこですかねぇ。あぁ、お腹空いたなぁ……」

「しつこいなぁ。さっきから語尾にお腹空いたばっか言って」

「だって、ほんとですもん。るなさんが手伝ってくれれば早く食べれるのになぁ」


 振り向いた真鈴が、ヒナのようにアーンと口を開けた。サンドイッチを食べさせろといいうことか。すでにとんかつは油の中でパチパチと音を立てている。るなはしぶしぶキッチンへ行き、端整な顔に似合わないアホ面をさらしている真鈴の口に突っ込んだ。


「んー! 最高においしいですね! 空きっ腹に、しかもるなさんがアーンしてくれるサンドイッチがこんなにもおいしいとは……! もう、とんかついらないです」

「そ、それはダメ! あなたがいらなくても、私は食べるからね?」

「はいはい、分かってますよー」


 ご機嫌になった真鈴の邪魔にならないよう、るなは斜め後ろから手元を見守る。徐々に小麦色に色づいてきたとんかつ。それを菜箸で挟もうとした真鈴の指先には、テーピングがされてあった。

 やはり、こんな時間までルナイダーの練習をしていたのだろう。笑顔を見せてはいるが、かなり疲れているはずだ。明日は連敗を食い止める、大事な試合だというのに……。


「バッカじゃない」

「……え? なんか急に酷いこと言われた気がするんですけど。聞き間違えですか?」

「……手伝う。ご飯、よそうね」


 るなの山盛りご飯を目にし、真鈴は苦笑いしながらとんかつをテーブルに並べた。キャベツの千切りも、とんかつ屋のそれと大差ない細さに切られている。ドルフィンズのグッズに選手の背番号入り箸があったらしく、2膳ゲットしてきたと差し出してきた。


「5って……これ、私の背番号じゃない。自分のをもらってきなさいよ」

「押しの選手のグッズを持ってるのは普通でしょう? それに、あたしのはまだないんです。るなさんのは仮契約の段階で制作し始めたみたいですけど、なんせあたしはまだ一週間も経ってないですからねぇ。さぁさ、いただきましょー」


 サンドイッチを4つ平らげたとは思えないスピードで、るなの皿はどんどん白さを取り戻していく。腹ペコだった真鈴の半分がなくなりかけた時には、るなの皿はすべて奇麗になっていた。


「あー、おいしかった! ごちそうさま」

「相変わらず早いですねぇ。今日はおかわりないんですよ。足りました?」

「来週の登板にも食べれるなら我慢する」

「あははっ。じゃあ来週はもっと早くから作らなきゃですね」


 時計を見上げた。すでに1時になろうとしている。前日にとんかつを食べるのがルーティーンだとはいえ、さすがにこの時間は消化不良や胸やけを起こさないか心配になってくる。

 少しでも睡眠時間を確保してあげねば……と、るなは自分の食器をキッチンへ運んだ。「置いといていいですよ」と言われても、はいそうですかとはいかないのが大人の日本人である。


「るなさん。聞かないんですか?」


 るながスポンジを泡立てていると、まだ食事中の真鈴が問いかけてきた。るなはお魚型のスポンジを握りながら聞き返す。


「何を?」

「出来ですよ。ルナイダーの」

「その言い方はやめてよ。恥ずかしい。……ってか、そっちから言ってこないから、聞いてほしくないんだと思って」


 プライドの高い天才さんなので、ものにしていれば絶対に自慢げに言ってくるだろうと思っていた。だが、一言も報告がないので、それには至ってないのだと察していたのだ。

 咀嚼しているのか言葉を選んでいるのか、背後で真鈴は沈黙している。るなはなんとなく振り返れず、食器を洗い始めた。水音が2人の会話を阻む。


「お察しの通りですよ。出来たのは傷だけ。でも、約束守ってくれたので、明日はちゃんと登板します。習得出来なかったのは、あたしの未熟さですから」


 真鈴が食器を運んできた。声が暗い。受け取り、丁寧に洗う。真鈴は隣に立ったまま、左手指のテーピングをジッと見つめていた。


「明日も……いえ、もう今日ですね。早く球場入りして、プレイボールギリギリまで練習します」

「……そんなことして、試合でヘバらないでよ? 負け続きで、投げれる中継ぎが限られてるんだから」

「分かってます。完封で派手にデビューしてやりますよ……」


 るなは手を止め、真鈴を見上げた。切なげに指を見つめていた真鈴もこちらを向く。目が合うと、いきなり抱き寄せてきた。るなの片手の皿が、シンクに当たってガツンと音を立てた。


「ちょっと! 離れなさいよ。また引っぱたかれたいのっ?」


 床に泡が滴っていく。抵抗するも、真鈴は黙ってるなの髪に鼻を埋めているだけでピクリともしない。蛇口からの水音だけが響く。


「真鈴ってば! 怒るよ!」

「ごめんなさい……。これ以上何もしないから、これだけ許してください。ちょっと不安になっちゃったんです。このままずっと、ストレートもフォークも投げられなくなっちゃったらどうしようって……」


 るなは抵抗をやめた。真鈴の腕がギュッと強まる。るなのお気に入りの、球場のボディソープの香りがした。窒息しそうになり、再びもがいた。


「あっ……大丈夫ですか? ちっちゃくてぬいぐるみみたいだから、つい」

「何が『つい』よ。天下の神月真鈴様でも、そんな風にナーバスになるのね。意外」

「初めてですよ。言ったでしょう? 手に入らないものに出会ってなかっただけです」


 真鈴はゆっくりと身体を離した。柄にもなく、情けない顔で苦笑いを浮かべていた。天才とは、時にこんなにも脆いものなのか……。

 見てはいけないような、見たくないような気がして、るなはシンクに向き直った。


「ふーん……。大丈夫なんじゃない? あなたは神月真鈴様なんでしょ? 夕海るな様の変化球は簡単には投げれないかもしれないけど、そのうちきっと投げれるようになっちゃうから……」

「『なっちゃう』、ですか?」

「だから、そんな傷作ったくらいで不安になるなって言ってんの。少ない脳みそで余計なこと考えてないで、明日のバッターのデータ研究でもしなさいよ」

「……ちょっとぉ、るなさん? どんどん激辛になってきてません? あたしの脳みそは、いつだってるなさんでいっぱいですよ」


 調子が戻ってきたようだ。晴天とスコールを繰り返すセシアナの天気のよう。ころころ変わるので、こちらも忙しい。

 片付けを終え、るなは一伸びして「それじゃ、ごちそうさま」とドアノブに手をかけた。「るなさん」と呼ばれて振り返った。


「明日、一緒にデビュー出来るといいですね」

「んー……。それはいいや」

「えー! なんでですかぁ。一緒にお立ち台立ちましょうよー」

「完封するんでしょ? お立ち台は1人がいいもん」


 ニヤリと笑ってみせた。真鈴が反論しようと口を開きかけたので、「おやすみー」と扉を閉めた。

 るなにだってプライドがある。

 ルナイダーは不十分でも、真鈴には強い武器がすでにある。

 明日は、どちらに転んでも劇的な一日になりそうだ。




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