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Yes, Your Highness  作者: 名無しの旅人


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第28話 鎖を越えて、ただ一人のために

旧水路の最奥、干上がった地下湖の空間。

結界痕が何重にも刻まれ、空気には濃密な魔力の残滓が漂っていた。


星華と夜叉は、静かに対峙していた。


床に映る二つの影が、波打つように揺れている。


「……立ち直ったか、夜死」


夜叉の声には嘲りが混じる。


「だが、それは“雫月の声を鎖にしただけ”。自我を保っているにすぎない」


「……違う」


星華は剣を強く握り、視線を真っ直ぐ夜叉へ向ける。


「……鎖じゃない」


一拍、呼吸を整え――


「……俺の“選択”です」


夜叉が片目を細めた。


「……戯言だ。人は、洗脳された過去を否定できない。記憶が戻れば……お前は必ず“夜死”へ帰る」


星華は、静かに首を振った。


「戻っても――“従わない”」


「……なに?」


「夜死としての技も、力も……否定しない。だが、それを使う先は――」


星華は一歩踏み出す。


「……自分で選ぶ」


夜叉の影が、怒りに歪んだ。


「――生意気だッ!!」


影が爆ぜ、無数の刃が津波のように押し寄せる。


星華は迎え撃つ。


斬る。弾く。

踏み込み、刃を返す。


影が崩れ、術式紋が床に焼き付く。


だが夜叉は止まらない。


「夜死は感情を切り捨てて完成する!その“情”が、お前を殺す!」


夜叉の片目が輝き、星華の胸に向け、“覚醒トリガー”の術式が再起動する。


胸の奥が焼けるように痛む。


(……く……っ……!)


再び視界に浮かぶ、血と命令の記憶。


(戻れ……)


闇の声が、星華を飲み込もうとする。


その時――


遠くから、確かにはっきりと。


雫月の声が、響いた。


「……星華……!」


祈祷室から結界伝送されたその声は、震えながらも、確かな強さを持っていた。


「……信じてる……あなたは……選べる人だって……!」


星華の胸に、熱が灯る。


(……選べる……)


刹那――


暗闇の奥にあった“夜死”の記憶の中、ひとつの風景が浮かんだ。


――傷だらけで倒れていた、少年を覗き込む少女。


「……大丈夫……?」


小さな手。


優しい声。


あの原点。


(……思い出した……)


痛みの奥で、星華が低く息を吐く。


「……夜叉」


剣を、まっすぐ構える。


「俺は――“夜死”から生まれた」


夜叉の笑みが、歪む。


「ならば――認めるか」


「だが――」


星華の瞳に、強い光が灯る。


「“星華”として終わる」


叫ぶように走る。


星華は影を裂き、一気に夜叉の懐へ。


夜叉が迎撃の構えを取るが、星華は踏み込み角度をずらして、剣を振るった。


――閃光。


刃が夜叉の胸を斬り裂く。


「――ぐっ……!」


夜叉が後退する。


血が、闇に溶ける。


「……そんな……」


「……終わりだ」


夜叉は膝をつき、苦々しく嗤った。


「……まだだ……完全覚醒は……お前の中に……」


「それでも」


星華が静かに言い切る。


「俺は――何度でも……“戻る”」


「……雫月の声へ……?」


夜叉が歪んだ笑みで見上げた。


星華は、はっきりと頷いた。


「はい」


その声音には、戦士の冷徹さも、暗殺者の業も残っていない。


ただ一人の、ひとの声だった。


夜叉は、笑ったまま霧へと崩れた。


術式が解除され、地下湖の空間は、静かな石の洞へと戻る。


戦いは――終わった。


星華は剣を下ろし、深く息を吐く。


「……雫月……」


通信装置に手を当て、静かに語りかける。


「……終わりました。……戻ります」


しばらく後――


王宮、祈祷室。


扉を開けた星華の姿を見て、雫月は走り出した。


「……星華っ!」


抱きつく。


胸に顔を埋め、声を殺して泣く。


「……信じてた……ずっと……」


星華はその背を包み込み、ゆっくり抱き返した。


「……俺は、戻ってきました」


「……うんっ……」


二人はしばらく、ただ呼吸を合わせていた。


やがて雫月が顔を上げる。


濡れた瞳で、そっと尋ねた。


「……ねえ、星華……もう……どこにも……行かない……?」


星華は、微笑んだ。


「ええ」


雫月の手を取り、額に触れて、言う。


「あなたのそばが、俺の帰る場所です」


光が祈祷室を満たす。


雫月は、小さく笑った。


「……じゃあ……これからも――」


「はい」


星華は、雫月の言葉を静かに受け止める。


だが今回は、あの戦場の一度きりで使った言葉は、もう口にしない。


代わりに、ただ――


“星華”として、彼女の隣に立つ。

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