第27話 運命の核心、そして真実へ ― 後半 ―
朝の回廊で交わした会話の後、ふたりはしばらく言葉を失っていた。
歩調は自然と揃い、互いの気配を確かめ合うように、
並んで進む。
窓から差し込む光が、二人の影を床に長く伸ばした。
雫月は胸の奥に渦巻く不安を、どうにか言葉にしようと唇を開く。
「……星華」
「はい」
「……“完全覚醒”って……もし……起きたら、どうなるの?」
星華は足を止め、静かに息を吐いた。
「……“夜死”としての人格が、
俺の意識を一時的に上書きします」
雫月は、ぎゅっと指を握る。
「……その間、星華は……?」
「……俺としての自我は、
ほぼ眠った状態になります」
「……じゃあ……」
「ええ。あなたのことも、護りたいという想いも――」
星華は言葉を選び、低く続けた。
「……すべて、“任務対象”としてしか認識できなくなる」
雫月の胸に、鋭い痛みが走る。
「……それでも……」
雫月はまっすぐ星華を見る。
「……私、信じる。星華は……戻ってくるって」
星華は驚くほど柔らかな目をした。
「……どうして……そんなに、言い切れるんです?」
雫月は、少し照れたように微笑んだ。
「……だって……あなた、私って名前を、ちゃんと呼ぶようになったでしょ」
星華ははっと息を呑む。
「最初は……」
雫月は思い返す。
「“雫月様”ばっかりで……“雫月”って、呼んでくれるまで……ずいぶんかかった」
「……」
「……それが、今は一番自然に出てくる」
星華の胸が、静かに鳴る。
「……名前は……“相手を知ろう”とする言葉です」
雫月は、そっと続けた。
「星華は、私を“知ろう”としてくれた。……だから、星華自身も……ちゃんと“戻ってくる”」
「……雫月……」
星華の声が、震えた。
その夜。
王宮地下監視室。
結界察知装置が、低い警告音を鳴らしていた。
「反応多数!旧水路近辺――術式振動確認!」
騎士団員の報告に、星華は瞬時に立ち上がる。
「……来たか」
ヴァルドは剣を掴み、星華を見る。
「殿下は?」
「雫月は、結界域の中心、祈祷室へ避難させています」
「ならば――迎撃だ」
旧水路入口。
夜叉の配下――
黒羽部隊の精鋭が、影をまとい現れた。
術式《連影門》。
空間の継ぎ目をこじ開け、直接王宮地下へ侵入する禁呪。
「……本隊だな」
星華が、低く呟く。
剣を抜く。
「夜叉……俺を呼ぶためだけに、ここまでやるか……」
「お前が“最高傑作”だからだ」
その声とともに――
闇の奥から、夜叉が姿を現した。
片目に赤い紋章を浮かべ、影を従えるその姿は、まるで闇の王だった。
「……また会ったな、星華」
「……終わらせる」
「終わらせられるかな?“夜死”を拒む今のお前に」
夜叉は片手を掲げ、術式を起動する。
床に浮かぶのは、星華の識別紋《YH-01》。
「……やめろ……」
「“解除術式・人格反転”――発動」
光が、走った。
星華の頭に――
激しい痛みが走る。
視界が、軋む。
(……っ……!)
脳内に――
訓練場、血、命令、死体の山、報復、粛清――
断片的な“夜死の記憶”が流れ込む。
「……戻れ、夜死。それがお前の本来の姿だ」
星華の身体が、深く揺れる。
膝をつく。
(……雫……月……)
必死に、名前を思い出す。
だが意識は、押し流されそうになる。
「……雫月……」
声が、かすかに漏れる。
夜叉は嗤う。
「無駄だ。感情ごと上書きされる」
その頃――
祈祷室。
雫月は、不安を抱えながら、中央で祈りを捧げていた。
胸の奥が――
強く、強く、痛む。
(……星華……危ない……)
言葉を失いかけながらも、雫月は目を閉じ、声を出した。
「……星華……」
それは祈りでも、命令でもなく――
ただ、大切な人を呼ぶ声。
「……帰ってきて……」
その瞬間――
夜叉の術式の中枢に、異変が走る。
星華の中で――
一つの声が、鮮烈に響いた。
(……帰ってこい――)
雫月の声。
(……忘れるな――)
“名前”という、星華自身の“錨”。
「……雫月……」
星華が、顔を上げる。
目の奥に揺らいでいた“夜死の光”が、かすかに収まった。
夜叉が眉をひそめる。
「……馬鹿な……」
星華は、ふらつきながらも立ち上がる。
「……戻れる……」
刃を、再び構える。
「俺は……“夜死”じゃない」
夜叉は低く唸った。
「……ならば、力づくで確かめるしかないか」
影が、咆哮する。
星華と夜叉。
ふたりの距離は数歩。
刃と影が――
真正面から、ぶつかろうとしている。
星華は、雫月の声を胸に刻む。
(……俺は……あなたの“執事”だ……)
これまでの時間、交わした言葉、あの誓い――
“Yes, Your Highness……”
その一言が、星華の存在を繋ぎ止めていた。
剣が――
夜叉へと向けられる。
ここから先、すべてを賭けた“最終決戦”が始まる。




