表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Yes, Your Highness  作者: 名無しの旅人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/68

第2話 執事としての第一歩 ― 前半 ―

星華が王宮での暮らしに慣れてきた頃、王宮では春を祝う式典――「花影の祝祭」の準備が進んでいた。


王族が神殿へ花を捧げる儀式、街での行進、市民への挨拶……多くの公務が重なる時期でもある。


その中心に立つのは、もちろん雫月だった。


「今日の公務、星華も一緒に来てほしいの」


朝の光が差し込む雫月の部屋で、柔らかなドレスに着替えた雫月が星華を振り返る。


星華はまだ身体が完全ではないが、簡単な動きなら問題ないほどには回復していた。

今日は雫月の執事として初めて正式に公務に同行する日だ。


「……俺が一緒に行ってもいいのでしょうか」


「もちろんよ。だって星華は私の執事なんだから!」


雫月は胸を張る。

その様子がおかしくて、星華は思わず小さく笑った。


「……ありがとうございます。光栄です」


「えへへ。そう言われると嬉しいわ」


雫月は照れたように頬を赤くしながら、星華に手を差し出した。


「じゃあ、行きましょう」


星華はその手をそっと取る。

まだ少し冷たいけれど、しっかりとした握力を返してくれる雫月の手。


(……この手を守りたい)


そんな気持ちが胸の奥で芽生え、星華は静かに頷いた。


王宮の大廊下。

赤い絨毯が真っ直ぐに伸び、天井には美しいステンドグラスが輝く。

侍女や老執事たちが忙しく行き来する中、雫月と星華はゆっくり歩いていく。


「殿下、本日のご予定は……」


老執事のライネルが恭しく頭を下げる。


「午前は神殿への献花、その後は王都東広場での街頭挨拶……午後は――」


ライネルの声を聞きながら、雫月は少しだけ緊張した面持ちで星華を見上げた。


「星華、ちゃんとついてきてね。迷子になったら困るわ」


「迷子にはなりませんよ。雫月様を置いて行くつもりはありません」


「ふふ……それなら安心ね」


雫月の頬に、星華の言葉が触れて少女の緊張が和らいでいく。


だが――その光景を、少し離れた場所から鋭い目で見つめている者もいた。


(あの少年……やはり怪しい)


軍務官の一人が眉をひそめていた。

星華の正体が分からない以上、王宮内ではまだ警戒心を持つ者も多い。


「殿下、くれぐれもお気をつけください」


「ありがとう。でも星華がいるもの」


雫月が微笑むと、軍務官は苦々しくも黙るしかなかった。


神殿への献花の儀式は滞りなく進んだ。

大理石の床に反響する足音、祈りの鐘の音、聖女の朗々とした声――

荘厳な空気が満ちていた。


星華は少し緊張しながらも、雫月の後ろにつき従っていた。


(……こんな世界があったなんて)


神聖な空気に触れながら、星華は自分の中にある“空白”を再び意識する。

記憶がないという事実は変わらない。

だが、雫月のそばにいることは、不安を和らげてくれる。


献花が終わり、神殿を出ると、雫月が息をついた。


「ちょっと緊張したわ……」


「素晴らしい立ち居振る舞いでしたよ」


「星華が見てると思ったら、ちょっと頑張っちゃったの!」


「……俺のためにですか?」


「そうよ?」


何気ない一言。しかし星華の心臓は跳ね上がる。


「雫月様……」


雫月はくすっと笑い、星華の胸の中に温かさが広がる。


王都東広場には、すでに多くの市民が集まっていた。

春の祭りの飾りつけで彩られた街並みは鮮やかで、どこか懐かしい香りが漂っている。


「わぁ……今日もたくさん来てる」


雫月の表情は緊張と期待で輝いていた。

星華はその横で、ただ一心に彼女を守ることだけを考えていた。


「殿下がお立ちになる台まで、私がご案内します」


「ありがとう、星華」


二人が広場の中央へ向かうと、子供たちが雫月に向かって手を振る。


「雫月さまー!」


「殿下、今日もかわいいー!」


雫月は照れながらも笑顔で手を振る。

星華はその横顔を見つめるたび、不思議なほど胸が温かくなる。


「星華!」


「はい?」


「ほら、あそこ、私を助けてくれた女の子たちなの。挨拶してくるわね!」


雫月は小走りで子供たちのもとへ向かっていく。

星華は慌ててその背を追いかける。


「雫月様、走ると危険です!」


「大丈夫よー!」


子供たちに囲まれた雫月は、まるで同じ年頃の少女のように笑っていた。

その姿を見て、星華は思う。


(……こんな笑顔を、守れるだろうか)


自分は誰なのか、本当に守る資格があるのか。

恐れと希望が混じる中、広場に突然強い風が吹いた。


その瞬間――星華は確かに感じた。


背後から近づく異質な気配。


(――これは……)


次の瞬間、星華は反射的に雫月の腕を掴んで引き寄せた。


「雫月様、下がって!」


「えっ――きゃっ!」


雫月のいる場所のすぐ手前に、鋭い光が閃いた。

金属片のようなものが地面に突き刺さり、石畳が砕ける。


「な、なに……!? いまの……!」


周囲の市民が悲鳴を上げ、兵士たちが一斉に駆け寄る。


星華は雫月を庇いながら、周囲に視線を走らせた。

遠くの屋根の上で、小さな影が動く。


(……刺客……!?)


胸の奥で、痛みとともに黒い記憶の破片がよみがえる。

刃の光、殺意、暗闇で聞いた命令の声――


(俺は……何を……)


「星華、こわい……!」


雫月が星華の腕にしがみつく。

星華は迷いを振り払うように、彼女を強く抱き寄せた。


「雫月様、俺のそばを離れないでください!」


「う、うん……!」


兵士たちが雫月を囲み、広場は一瞬にして混乱に包まれた。


屋根の上の影は、星華と目が合った瞬間、煙玉を投げて姿を消した。


「逃げた……。でも、あの動き……どこかで……」


星華は震える拳を握りしめた。


(――俺は、あれと同じ世界にいた……?)


雫月が怯えた声で言う。


「星華……いまの、誰なの?」


「……わかりません。でも……」


星華は雫月を見つめ、静かに言った。


「雫月様を、二度と傷つけません。俺が必ず守ります」


雫月はその言葉に安心したように星華の胸に顔を寄せる。


しかし、星華の心には深い影が落ちていた。


(俺は……守る側なのか。それとも――)


自分が“敵”だった可能性を否定できない。

記憶がないことは、星華にとって最大の不安だった。


だが、雫月の震える手を握った瞬間、その迷いは薄れていく。


(この人だけは、守らなければ)


そう思う理由はわからない。

けれど、心が強くそう叫んでいた。


王宮へ急ぎ戻る中、雫月は星華の袖を掴んだ。


「星華……もう離れないでね?」


「はい。たとえ何があっても」


星華はその言葉とともに、雫月の手を包み込む。


――その瞬間、星華の胸の奥で、忘れられた過去の扉が微かに軋む音がした。


彼の過去が、雫月の未来に影を落とそうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ