第16話 陽だまりの庭で、あなたの隣を選ぶ理由 ― 前半 ―
穏やかな朝だった。
柔らかい風が庭の花々を揺らし、鳥たちの優しい鳴き声が響く。
雫月は、星華が用意した薄い羽織を身にまといながら、庭へと足を踏み出した。
「星華……今日、庭でお茶したいの」
「もちろんです。雫月様が外で過ごしたいと思われる日は……天気まで味方してくれるようですね」
星華が微笑むたび、胸が温かくふくらんでいく。
「星華。一緒に準備しよ?」
「はい。光栄です」
ふたりは並んでティーセットを運び、庭の奥にある白いテーブルまで進んだ。
雫月が椅子に腰を下ろすと、星華がティーポットを優雅な所作で傾けた。
「星華の淹れる紅茶って……なんでこんなに美味しいの?」
「雫月様が美味しそうに飲んでくださるから……自然と腕も上達するのだと思います」
「っ……またそういうこと言う……!」
雫月はカップを置き、頬を赤くしながら星華に視線を向けた。
「……ねぇ星華」
「はい」
「今日は……ちょっと甘えてもいい?」
星華は少し驚いたように目を瞬かせ、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「甘えるくらい、いくらでも。むしろ……甘えていただけると嬉しいです」
「……ほんとに?」
「はい。雫月様が俺に寄りかかってくださると……守りたいと思えるので」
(星華……本当に……ずるい……)
雫月の心はすぐに揺れる。
でも星華の言葉は、雫月の弱さも、甘えたい気持ちも包み込んでくれる。
「星華……隣、来て」
「……はい」
星華は雫月の隣の椅子に座る……かと思いきや、
「もっと……」
雫月が袖をつまんで引いた。
星華は静かに椅子を寄せ、雫月の肩が触れる位置まで近づいた。
「……このくらいで、よろしいですか?」
「うん……星華の匂いがする距離……好き」
「っ……!」
星華の心臓が跳ねる。
(好き……と言われた……?雫月様の“好き”は……どういう意味……?)
戸惑いながらも、星華は雫月の肩へそっと手を回した。
「少し……寄りかかっても?」
「もちろん」
雫月は星華の肩に軽く身体を預け、安心したように息を吐いた。
(やっぱり……星華の隣、好き……)
庭を散歩する貴族たちや侍女が、ちらちらと雫月を見ては声をひそめている。
「殿下、今日はとてもお綺麗ね……」
「お隣の方、執事だって聞いたけど……まるで……恋人のよう……」
「お似合いすぎて……思わず見ちゃうわ」
雫月は少し落ち着かない気持ちになる。
(みんな……見てる……ちょっと恥ずかしい……)
その肩を星華がそっと抱いた。
目つきは穏やかだが、声には静かな熱があった。
「……雫月様を見られるのは……苦手です」
「っ……」
「でも……こうして隣にいるのが俺なら……少し安心します」
「星華……?」
「あなたがどんな顔をしていても……誰にも奪わせたくない」
雫月は一瞬言葉を失い、星華の胸元をぎゅっと掴んだ。
「……星華。私の顔……そんなに気になるの……?」
「はい。ずっと隣で見ていたいです」
「っ……!」
(星華……今の……ほぼ告白……)
胸が、甘い痛みでいっぱいになる。
風がそよぐ音。
ティーカップの軽い音。
ほんのりとした静けさの中で、ふたりだけの世界が広がっていく。
「星華……」
「はい」
「顔、近いよ……」
「雫月様が寄ってきたからです」
「ち、違う……!星華が……寄せてきて……」
「寄ってきたのは……雫月様の手です」
雫月は気づいた。
自分が星華の服を掴んだままだということに。
「っ……あ……これは……その……」
「離したくないんですよね?」
「ち、ちが……なくは、ない……」
「どちらですか?」
星華が優しく目を細める。
(星華……こんな目で見ないで……好きになっちゃうから……)
「……離したくない……」
その言葉は、春の陽だまりよりあたたかかった。
星華はゆっくりと手を伸ばし、雫月の頬に触れる寸前で止めた。
「触れても……?」
雫月の胸がどくんと高鳴る。
「……触れて」
星華は指で雫月の頬に触れ、その温度を確かめるように優しく撫でた。
「雫月様……そんな顔をされると……」
「ど、どんな……?」
「……触れるだけで、足りなくなってしまいます」
「っ……!!」
雫月は一気に顔を伏せ、胸を押さえた。
(星華の言葉……優しいのに……苦しいほど甘い……)
カップを置く音。
雫月が星華に寄りかかる音。
すべてが、ふたりの恋を後押しするように響く。
「星華……今日、一緒にいてくれてありがとう」
「当たり前です。雫月様の望みは……全部、叶えたい」
「……ぜんぶ?」
「はい。全部です」
雫月は思わず星華の胸に顔をうずめた。
「……じゃあ……ずっと隣にいて……」
「雫月様が望む限り。それが俺の“日常”です」
風に揺れる花の香り。
星華の腕に包まれる温かさ。
この時間が永遠に続けばいい――
心から、そう思った。




