第14話 王都の街へ、小さな恋の始まり ― 後半 ―
市場を抜け、ふたりは賑やかな大通りへ歩いていた。
雫月は桜色のワンピースの裾を揺らし、星華の手をしっかりと握っている。
道行く人たちは、“美しい姉弟”か“若い恋人”にでも見えるのか、思わず振り返り微笑む者が多かった。
(星華……さっきよりも、手……強く握ってない?)
雫月は気づいていた。
誰かの視線が雫月に向くたび、星華の手がわずかに力を増すことに。
けれど、星華自身は気づいていないようだった。
「雫月様。少し休みましょうか」
「うん……ちょっと足疲れちゃった」
星華は柔らかく微笑み、雫月を落ち着いた雰囲気のカフェに案内した。
アンティークのランプ、木のテーブル。
隠れ家的な落ち着いた店内だ。
「わぁ……かわいいお店」
「ここは、雫月様が気に入ると思っていました」
「星華……ここ知ってたの?」
「よく情報収集で通ります。雰囲気も安全性も、申し分ない店です」
「安全性まで……ふふ、星華らしい」
席につくと、メニューを手に星華が尋ねる。
「雫月様。甘いものは……いかがですか?」
「食べたい……!」
「では、ケーキセットを。紅茶はどういたします?」
「星華と同じので」
星華は少し嬉しそうに微笑む。
「承知しました」
注文を伝えて戻ると、雫月は座りながら、星華の席の方へ身体を寄せた。
「星華……ここ、隣座って……」
「え、隣……?」
「ダメ?」
「……ダメではありません」
星華は雫月の隣へ座り、雫月は自然に星華の腕に寄りかかった。
(こんなの……恋人みたい……)
星華はやや緊張していたが、雫月に寄られるのが嬉しくて仕方なかった。
ケーキと紅茶が運ばれてきたとき、若い女性店員がふたりを見て微笑む。
「とてもお似合いですね。おふたり、デートですか?」
「っ……!」
雫月と星華は同時に固まった。
「い、いえ……!」
「執事として……!」
ふたりが同時に否定してしまい、店員は逆に“確信”したような顔で微笑んだ。
「照れなくても大丈夫ですよ。恋人の方を“執事”なんて呼ぶ方、たまにいらっしゃいますし」
「ち、違……!」
店員はさらに柔らかく笑い、
「どうぞごゆっくり。お幸せに」
と言って去っていった。
雫月の顔は真っ赤。
「し、しあわせ……って……星華ぁ!?」
「い、いえ……その……店員さんの勘違いで……!」
「星華も……照れてる……?」
「……否定はしません」
「っ……!」
ふたりは顔を合わせられず、ケーキをつつきながらしばらく沈黙が続いた。
雫月が一口ケーキを食べ、目を輝かせる。
「おいしい……! 星華、これ……!」
「はい。雫月様が好きだと思いました」
「星華と一緒に食べると、もっとおいしい」
「……雫月様……それは反則です」
「え……?」
「そんなこと言われたら……胸が苦しくなります」
「……私も……」
雫月はスプーンを置き、星華の袖をそっとつまんだ。
「星華と手……繋いでいい?」
「ここでも……?」
「うん……」
星華は小さく息をのんだ。
(雫月様は……俺を……隣に欲しがってくれる……)
「……喜んで」
星華はそっと雫月の手を握り、テーブルの陰で指を絡めた。
誰にも見えない、ふたりだけの繋がり。
(あ……星華の指……あったかい……)
雫月は心臓が跳ねるのを感じながら、ぎゅっと握り返した。
店を出たあとは、工芸品の店やお花屋、雑貨屋を歩いた。
雫月はあちこち興味津々で、星華はそれを微笑みながら見守る。
「星華、これ見て!ガラスのネックレス……すごく綺麗!」
「雫月様がつけたら……もっと綺麗になります」
「またそういうこと言う……っ」
雫月は真っ赤になりながらも嬉しそうだ。
しかし、そのときだった。
店の奥にいた若い職人の青年が、雫月を見てふっと笑った。
「お嬢さん。この色、君に似合うと思うよ」
「えっ……?」
雫月は少し緊張したように後ずさる。
星華は即座に雫月の前へ立つ。
「失礼。雫月様には、すでに護衛兼付き添いがいます」
その声音はいつもの穏やかさではなく、どこか鋭いものだった。
(星華……怒ってる……?)
青年は「すまない」と言って下がったが、星華はしばらく雫月の手を放そうとしなかった。
「星華……?」
「……雫月様に向けられた視線が……どうしても、好きになれません」
「え……」
「嫉妬……とでも言うのでしょうか……」
「っ……!!」
雫月は手を胸に当て、心臓の音に驚く。
(星華……そこまで……私のこと……)
「……嫌……です。雫月様を……他の男に見られるのは」
「……!」
雫月の顔が一気に熱くなった。
(星華……今の……告白みたいじゃない……)
星華は雫月の手を取り、少し俯いた。
「すみません……独り占めしたくなるんです。あなたの笑顔も……視線も……全部……」
「星華……」
雫月は手をそっと伸ばし、星華の指を握り返す。
「……じゃあ全部、星華にあげる」
星華は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
「そんなこと言われたら……俺はもう……戻れません……」
「戻らなくていいよ……」
雫月は決意するように微笑む。
「星華は……私が守る。ずっと隣にいるから」
星華の胸は熱でいっぱいだった。
夕暮れ、馬車に戻った頃には、街は優しいオレンジ色に染まっていた。
馬車が動き出すと同時に、雫月は星華の肩に頭を預けた。
「今日……すっごく楽しかった……」
「ありがとうございます。雫月様が笑ってくださるなら……俺は何でもします」
星華は雫月の手を包み込み、静かに言葉を続けた。
「……雫月様。俺はあなたを……誰にも渡したくありません」
「……私もだよ、星華」
雫月は星華の胸に身体を寄せ、目を閉じた。
「星華の隣……私以外に許さない」
星華の手が震え、雫月の頭を優しく撫でた。
「……覚悟しておきます」
ふたりの心はすでに“恋”と呼ぶしかないほど近づいていた。
王宮の灯りが見えるころ――
ふたりの手は、まだ離れなかった。




