第12話 朝日と涙、寄り添う腕の温度 ― 後半 ―
玲奈が告げた「不審な影」の報告は、雫月の胸にひやりとした感覚を落とした。
「……また、星華を狙ってるの?」
「殿下が連れ去られたことで、“十三番を誘い出す”作戦は失敗しました。夜叉は……次の手段に切り替えるはずです」
玲奈の声は深刻だった。
雫月が小さく身体を縮こませると、星華はすぐにその肩を優しく抱いた。
「大丈夫です。雫月様は……俺が守ります」
その言葉は、揺るがぬ確信を持っていた。
雫月は星華の胸元に顔を寄せる。
「……星華。私のことも守ってくれるけど……星華自身のことも……ちゃんと守って?」
「……俺は……」
星華の瞳が揺れる。
「雫月様が無事なら……それでいいんです」
「だめだよ……!」
雫月は強く首を振った。
「星華が傷ついて平気なわけない……星華が無事じゃないと……私は……」
言葉が詰まる。
(泣きそう……)
星華はその表情を見て、そっと雫月の手を握った。
「……雫月様が悲しむなら。俺は自分のことも……守ります」
「……約束?」
「はい。あなたの涙は……俺が拭きますから」
その瞬間、雫月は堪えきれず、星華に抱きついた。
「星華……ずるい……そんなこと言われたら……」
星華は雫月の背に手を回し、落ち着かせるようにゆっくりと撫でる。
「雫月様のためなら……いくらでもずるくなります」
「っ……」
雫月の心臓が跳ね、なにも言えなくなってしまう。
ただ、星華の腕は暖かく、抱きしめられるたびに胸が痛いほど満たされる。
ひとしきり涙が落ち着くと、窓から差し込む朝日が、ふたりを柔らかく照らした。
雫月はベッドに腰かけたまま、星華の制服の袖をつまんだ。
「星華……今日、ずっと一緒にいてくれる?」
「もちろんです。離れません」
「寝るときも……?」
「……雫月様が望むなら」
雫月は顔まで赤くなった。
「べ、別に、一緒のベッドで寝ようなんて言ってないよ!?部屋の中にいて、って意味で……!」
「分かっています」
星華は微笑む。
「ですが……今の雫月様は、とても可愛い勘違いをされますね」
「か、可愛い!? かっ……星華!!」
雫月は枕を掴んで星華の肩を軽く叩く。
星華は困ったように笑いつつ、その手を静かに取った。
「雫月様の全部が……可愛いですよ」
「──っ」
雫月は言葉を失い、俯く。
(星華……救出されてから、すごく……積極的……)
嬉しい。
恥ずかしい。
心臓が痛いほど跳ねる。
全部が混ざって、雫月は胸に手を当てたまま、静かに息を吸った。
「星華……昨日のこと……ね」
「はい」
「星華、泣いてた……でしょ……?」
星華の手が一瞬止まる。
「……見えましたか」
「うん。私の縄を切ってくれたとき……すごく……泣きそうな顔だった」
「……」
星華は視線を落とした。
「……怖かったんです。俺が来る前に……あなたが傷つけられていたら……それだけで……」
自分でも止められない感情が、胸の奥で暴れる。
「胸が、潰れそうになりました……」
「星華……」
「もし……もう一度あなたを奪われたら……今度こそ俺は……自分を保てない」
雫月は静かに近づき、星華の頬に触れた。
「……星華が壊れないように、私がそばにいるよ」
「雫月様……」
「星華の心も……手も……全部私が守るから」
雫月の瞳はまっすぐで、強かった。
(雫月様……あなたは……どうしてそんなに……)
星華は雫月の手をとり、ゆっくりと額へと添える。
「……雫月様。俺は、あなたがいないと……生きていけません」
雫月の目が大きく見開かれる。
(そんな……そこまで言われたら……)
「……星華」
「はい」
「そんなの……ずるいよ……好きって言ってるのと同じじゃ……」
星華は少しだけ微笑んだ。
「言ってほしいんですか?」
「っ……!」
雫月は顔を真っ赤にして俯いた。
星華の瞳が優しく細められる。
(雫月様は……本当に……)
「……焦らないでください」
星華は雫月の手を包んだまま続けた。
「この想いに名前をつけるのは……あなたが“受け止める準備”ができたときです」
「……っ……」
「だから……その時まで……側にいさせてください」
雫月は震える声で答えた。
「いるよ……ずっと……」
星華の胸は熱でいっぱいになった。
そのとき――
扉を叩く緊張した声が響いた。
「殿下、星華殿!至急の報告です!」
星華が雫月の手を離さぬまま、声だけで返答する。
「入ってください」
若い騎士が駆け込んできて、息を整えながら言った。
「王宮の周囲で目撃された影……追跡したところ、“奴らは殿下と星華殿、両方を狙っている”可能性が高いと!」
「両方……!」
雫月の顔が青ざめる。
星華は眉を寄せた。
(雫月様まで……)
「……星華。ねぇ……どうすればいいの?」
不安が声に滲む。
星華は迷わず雫月の手を取って言った。
「今後は、常に俺と一緒にいてください」
「一緒に……?」
「はい。あなたを守るためには……離れてはいけません」
雫月はその強さに息を呑んだ。
(星華……私のこと……)
「でも星華も……狙われてるのに……!」
「離れていれば……雫月様が危険です」
「星華が……危ないときは?」
「その時は……雫月様が俺のそばにいてください」
雫月は胸が熱くなる。
「……守るんじゃなくて、一緒に生きるって……こと?」
「はい。俺は雫月様と、“一緒に”戦います」
雫月はそっと星華の手を握り返した。
「……なら……ずっと隣にいる」
星華はゆっくりと目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
「……ありがとうございます。
雫月様……」
二人は、この瞬間“離れない”と決めた。
たとえどんな影が迫ろうとも──
彼らの距離は、もう決して戻らない。




