第11話 夜を切り裂く声、救いの手 ― 後半 ―
敵を倒し、雫月の縄を解いたあと――
星華は雫月を抱きしめたまま、しばらく動けなかった。
雫月が震えているのが怖かったし、自分の心臓の音がうるさいほど強く鳴っているのも怖かった。
(間に合った……雫月様……本当に……)
「星華……?」
雫月が小さく顔を上げ、涙で濡れたまま微笑んだ。
「ありがとう……本当に……来てくれたんだね……」
「……はい。雫月様が呼んでくださったから……」
「……っ」
雫月は胸に熱が走るのを感じ、星華の胸に顔を埋めた。
星華も強く抱き返し、震える声で言った。
「俺は……雫月様がいない世界が怖くて……何も見えなくなりそうでした……」
「星華……」
「あなたを奪われるくらいなら……俺は……俺はもう……」
その言葉は途中で途切れる。
星華自身が“何を言いかけたのか”自分で気づいてしまったからだ。
(……奪われるくらいなら、全部壊してでも取り返す――)
そんな危うさが胸の底に渦巻いている。
星華自身もそれを恐れていた。
「星華……戻ろう。王宮へ……みんな心配してる」
「はい。しかし……」
星華は雫月の手首をそっと握る。
「少し……歩けますか?足……震えてます」
「うん……ちょっとだけ」
雫月は正直に答え、星華に寄り添う。
星華も雫月の腰に手を添え、ゆっくり歩き始めた。
歩くたび、星華の手が震える。
その震えは恐怖ではなく――
(もう二度と離したくない……離れるのが……嫌だ……)
そんな激しい感情のせいだった。
拠点からの脱出
崩れかけた廊下を進む途中、まだ意識のある夜叉の兵が立ち上がり、刃を構えた。
「ま……待て……十三番……!」
星華の眉がぴくりと動く。
雫月は反射的に星華の手をぎゅっと握りしめた。
「星華……!」
その瞬間、星華の殺気が一瞬で消える。
雫月の手が “自分を止めている” ことに気づき、星華の視界が少しだけ澄んだ。
「すみません……雫月様……一瞬……戻りそうになりました……」
「ううん……止められるなら……止めるよ。星華は、私が守るの」
雫月が微笑むと、星華の胸の奥で何かが柔らかく弾けた。
(……俺の心を戻せるのは……雫月様だけだ……)
「雫月様……」
星華は刃を抜かず、敵の腕を軽く打って気絶させただけで前へ進む。
“殺し”ではなく“護るための力”で。
雫月を守るためだけに。
拠点の外
山道に出た途端、冷たい風が吹き込んだ。
雫月は思わず肩を震わせる。
星華はすぐに自分の外套を脱ぎ、そっと雫月に羽織らせた
「冷えますね……雫月様」
「星華……自分が寒くないの?」
「俺は……あなたのためならどうでもいいです」
「もう……そういうこと……さりげなく言わないの……っ」
顔を赤らめる雫月。
少し安心した星華は、微笑みながら言う。
「すみません。でも本心です」
雫月は小さく、本当に小さく“幸せそうに”笑った。
「星華が……ここにいてくれるだけで、あったかいよ……」
その言葉は、星華にとっては胸を刺すほど甘い。
渓谷の途中
暗い道を歩きながら、ふと雫月が言った。
「星華……私……ちょっと怖かったんだ」
「……はい」
「あなたが……“十三番”に戻っちゃうんじゃないかって……」
星華は足を止めた。
雫月を抱き寄せ、耳元で囁く。
「……戻りません。雫月様が……俺を止めてくれる限り」
「……星華……」
「あなたが俺の名前を呼ぶだけで……暗闇が消えていくんです」
雫月は胸が熱くなり、星華の服をぎゅっと掴んだ。
「星華……私……」
「はい」
「……星華が壊れないように、ずっとそばにいるから」
星華は震えた。
(雫月様……そんなことを言われたら……)
抱きしめてしまいたくなる。
もう離したくなくなる。
「雫月様……本当に……あなたは……」
星華は雫月の頬に触れ、静かに微笑んだ。
「……俺の心を作ってくれる人です」
雫月の吐息が震えた。
「星華……そんな……そんなこと言われたら……」
雫月は涙を滲ませ、星華に寄りかかった。
「もっと……好きになっちゃう……」
星華の心臓が跳ね上がる。
その言葉は、刃よりも強く、毒よりも甘く、星華の胸を貫いた。
(もう……隠せない……この想いは……)
星華は雫月の腕を引き寄せ、そっと抱きしめた。
「雫月様……俺はあなたの“後ろ”ではなく……」
息が触れ合うほど近い距離。
「あなたの“隣”にいたい」
「……星華……!」
雫月は胸が爆発しそうになり、そのまま星華の胸元にしがみついた。
二人はしばらく抱き合ったまま、夜風の中で温もりを確かめ合い続けた。
王宮へ帰還
夜明け前、王宮が見えてくると――
雫月は星華の手をぎゅっと握った。
「星華」
「はい」
「……離さないでね?」
星華はすぐに答える。
「離しません。二度と……絶対に」
「約束……」
「……はい。雫月様が望む限り、ずっとそばに」
闇から光へ戻るように――
二人は確かに“恋に落ちる手前”まで来ていた。
雫月を守りたい、という言葉では足りない。
雫月が泣けば胸が張り裂け、雫月が名前を呼べば救われ、雫月が笑えば世界が明るくなる。
星華の感情は、もう隠しきれないほど大きくなっていた。
(この想いに――名前をつけてしまいそうだ……)
だが星華はまだ、その名を言わなかった。
“言ってしまえば、もう戻れない”と分かっているから。
だけど雫月は知っている。
星華の胸の奥に、すでに芽生えている気持ちを。
(言わなくても、分かるの。星華の瞳を見れば……全部)
そして二人は、同じ歩幅で王宮へ戻っていった。
夜明けの光に照らされながら。




