第11話 夜を切り裂く声、救いの手 ― 前半 ―
夜叉・拠点 外周
深く沈むような霧の中を、星華はただひとり駆け抜けていた。
(雫月様……雫月様……どうか無事で……)
胸の奥はずっと痛いまま。
呼吸が浅いのに、体は止まらない。
足が裂けても、肺が焼けても、それでも動き続ける。
『星華……私はここよ!お願い……来て……!!』
あの叫びが、星華の全身を突き動かしていた。
(必ず……助ける……)
星華の視界に黒い建物が現れる。
あの闇のような砦。
雫月が閉じ込められている場所。
星華は拳を握りしめる。
「……行きます」
その声と同時に、闇を切り裂くように飛び込んだ。
夜叉・拠点 内部
「いたぞ! “十三番”だ!!」
「囲め!! このまま侵入させるな!」
暗殺部隊《夜叉》の影が次々と星華の前に立ちはだかる。
しかし――
「……どけ」
星華の声は低く、澄んでいた。
冷たく、けれど誰より強く。
「雫月様の邪魔をするな」
「貴様……裏切り者が……!」
刃が三本、一斉に星華めがけて襲いかかる――
次の瞬間。
金属音が、一度も鳴らなかった。
刃が届くより先に、星華の手刀が敵の手首を弾き飛ばし、足払いで三人を地に倒していた。
「っ……!?速――!」
「……邪魔だ」
星華はふらつきながらも歩き続ける。
雫月がいる場所だけを、迷うことなく目指す。
その目は涙で濡れたように見えるのに、光は一切揺れていない。
(雫月様……今、行きます)
夜叉・拠点 奥
雫月は縄で縛られたまま、必死に声を振り絞っていた。
「星華……!!聞こえる……? 星華……!!」
涙が流れる。
でも、泣いている暇なんてない。
(星華は……来てる……絶対……)
その信じる心だけで、雫月は自分を保っていた。
扉の向こうで叫び声が響く。
「っ……!」
「殿下、どうやら……“来た”ようだな」
黒い仮面の男が、刃を手に近づく。
「さて……十三番は“皇女を守るために暴走する”。それを狙ってお前を攫った。つまり――お前が苦しむほど、十三番は壊れる」
刃先が雫月の頬に触れた。
「……痛むか?」
(怖い……怖い……でも……)
雫月は目を逸らさず言った。
「星華は……あなたなんかに壊されないっ!」
「ふん。強がるな」
「強がりじゃない……!星華は……私が守る……!」
その言葉に男は鼻で笑い、刃を高く掲げた。
「では、十三番を完全に壊してやろう」
刃が振り下ろされる――
「雫月様!!」
扉が爆発したような音を立てて開いた。
黒い影が吹き飛び、空気が揺れる。
雫月の視界に、――涙に濡れた星華の姿が飛び込んだ。
「星華……!!」
「雫月様……っ!!!」
星華は全力で駆け寄り、雫月を抱きしめた。
「無事ですか……!?怪我はありませんか……!?」
「星華……星華……!!」
雫月は星華の胸に顔を埋め、堰を切ったように涙をこぼした。
「あぁ……怖かった……でも……来てくれた……星華が……」
「遅くなって……すみません……!!」
星華の声も震えている。
雫月の小さな体が震えているのを感じ、星華の腕はさらに強くその体を包んだ。
「俺は……雫月様が……いないと思った瞬間……心が壊れそうになりました……!!」
「星華……っ……!」
雫月は涙で濡れた目で星華を見上げた。
「私も……星華が来てくれない世界なんて……考えたくなかった……」
二人は一度も目を逸らさず、その距離は限りなく近い。
星華の胸にある痛みも、雫月の涙も、すべてが混ざり合う。
「十三番……!」
黒い仮面の男が立ち上がり、叫ぶ。
「皇女を渡せ!お前はまた裏切るのか!!」
星華は雫月をかばい、ゆっくり立ち上がった。
「裏切る?違います」
星華の声は静かだった。
しかし、その奥に燃えるものは強烈だった。
「俺はただ……雫月様を守りたいだけです」
「ふざけるな!お前は暗殺者だ! 感情など不要の機械だ!」
「……たしかに。俺には“感情”など、必要ないと思っていました」
星華は雫月の手を握る。
「……でも……雫月様を失ったら、俺は……」
「…………」
「生きている意味がなくなる」
雫月は星華の手を強く握り返した。
「星華……」
星華の瞳に涙が浮かぶ。
「だから……あなたたちが俺を何と呼ぼうと……関係ありません」
星華は雫月を背中に隠し、殺気を放つ。
「雫月様を奪う者は――たとえこの命を失っても、絶対に許さない」
その一言は、暗殺者《十三番》の力を遥かに上回る、“人間の強い想い”の言葉だった。
「十三番……“覚醒”か……」
男が刃を握りしめた瞬間――
星華の瞳が鋭く光った。
「雫月様。目を閉じていてください」
「……星華?」
星華は雫月の頬に触れ、優しく囁く。
「あなたを……守ります」
雫月は涙の中で頷き、目を閉じた。
次の瞬間。
空気が、切れた。
風の刃のような音が響き――
黒い仮面の男が後方へ吹き飛んだ。
床に叩きつけられ、血を吐く。
「っ……!!これが……十三番……!」
星華は守るべき者のためだけに力を振るう。
本来の暗殺者の技ではなく、“雫月を護るための力”。
「二度と……雫月様に触れるな」
星華の声は低く、冷たかった。
男は壁に倒れ込み、意識を失った。
星華はすぐに雫月の縄を解き、抱きしめた。
「雫月様……もう大丈夫です……ここは、俺が……必ず……」
「星華……っ……!」
雫月は星華の胸で泣きじゃくりながら言った。
「ありがとう……ほんとうに……星華が……星華が来てくれたから……!」
「当たり前です……」
星華は雫月の髪を優しく撫でる。
「あなたが呼んでくれたから……俺はここに来られた」
雫月の涙が、星華の服に落ちる。
星華は雫月の耳元で静かにささやいた。
「雫月様。……あなたを失う世界なんて、もういらない」
その言葉は、雫月の胸に深く深く響いた。
二人はただ抱き合っていた。
時間が止まったように――
お互いの鼓動が同じリズムで鳴るまで。




