第5話 ふたりで歩く帰り道 ― 後半 ―
夕陽が王都の街並みを黄金色に染め始める頃、雫月と星華は王宮へ戻るための道を歩いていた。
市場で買った小さな袋と、お揃いの小袋。それから胸元に飾った白い“リリウムスター”の花。
どれも今日の思い出をそっと閉じ込めた大切な宝物だった。
「星華、今日ね……なんだか胸がふわってするの」
「ふわ……ですか?」
「うん。なんていうのかな……楽しくて、でも、寂しくなるような……不思議な気持ち」
「それは……」
星華は言葉を探した。
けれど自分の胸にも同じような感情があるのを、うまく口にできない。
(……雫月様の隣にいると、胸が苦しくなる。
でも、離れるともっと苦しくなる……)
この気持ちの意味はまだ分からない。
ただ、雫月の笑顔を思い出すだけで胸が熱くなるのは確かだった。
「雫月様。……その気持ち、俺も分かる気がします」
「えっ……星華も?」
「はい。……“嬉しい”のに、どこか“怖い”。そんな気がするんです」
雫月の瞳が大きく開かれ、少しだけ震えた。
「星華も……同じなの?」
「……はい」
もう隠す必要はないと思った。
雫月にだけは、本当の言葉を向けられる。
「雫月様と一緒にいると、胸が温かくて……安心して……
だから、離れたくないと思うんです。でも……その気持ちが怖くなる時もある」
雫月は唇をきゅっと結び、星華をまっすぐ見つめた。
「星華……それって……」
しかし、星華が何か言おうとしたその瞬間。
「雫月様! 星華君!」
後方から声が響いた。
振り返ると、護衛の兵士が二人に追いついてきた。
「おふたりとも、日が暮れ始めています。王宮へ戻りましょう」
「あ……うん」
雫月が小さく頷くと、星華は彼女の手を軽く握り、歩き出す。
話の続きを雫月がしたそうにしているのが分かったが――
この気持ちの名前は、今の星華にはまだ分からない。
(……けれど、雫月様を守りたい。この想いは変わらない)
夕暮れの空が二人の影を寄り添わせる。
雫月は小さく星華の袖をつまんだ。
「星華……」
「はい。どうされました?」
「……また、どこか行こうね」
「ええ。雫月様が望むなら、どこへでも」
「絶対だからね?」
「はい。約束します」
雫月の胸がじんと熱くなった。
星華の言葉が、夕空よりも優しく響いた。
王宮に戻ると、夕暮れの光が長い廊下を橙色に染めていた。
侍女の玲奈が二人を出迎え、雫月の荷物を受け取る。
「殿下、お帰りなさいませ。今日はとても楽しまれたようですね」
「うん、とっても!」
雫月は嬉しそうに笑い、玲奈に戦利品を見せ始める。
星華はその後ろで、穏やかに立っていた。
「星華も……ありがとう。すごく楽しかった」
「……俺も、楽しかったです」
「じゃあ……また行こうね。今度はね……星華が行きたいところにも行こう!」
「俺が……行きたいところ、ですか?」
「そう! 星華が見たい景色、星華が食べたいもの、星華が欲しい物……なんでもいいの。一緒に行こうね」
星華は戸惑いを隠せない。
「俺は……雫月様のために」
「それは分かってるよ。でもね……“星華が行きたい”って思う場所に、私も一緒にいたいの」
「……」
星華の胸に、優しい痛みが広がる。
(雫月様は……俺を、“自分に仕える者”としてではなく……“隣にいたい人”として見てくれている……)
その事実が、胸を震わせる。
「……考えておきます」
「うんっ、楽しみにしてるわ」
雫月は笑顔で星華の手を軽く握り、そっと離した。
その夜。
雫月が寝室に戻ると、星華がランプの灯りを調整していた。
「星華、今日はありがとう」
「雫月様が笑顔でいてくださるなら……俺はそれで十分です」
「ふふ……ねぇ星華」
「はい」
雫月はベッドに腰をおろし、足をぶらぶらさせながら言った。
「今日は、ずっと……楽しかったの。星華が隣にいるだけで、景色が全部きれいに見えるのよ。不思議よね」
星華は一瞬動きを止めた。
そして、静かに言葉を返す。
「……俺も、同じ気持ちでした」
「えっ……ほんと?」
「はい。雫月様の笑顔を見るたび……世界が明るく見える気がしたんです」
雫月は胸を押さえた。
「……星華、それ……」
心臓がどくんと鳴る。
頬が燃えるように熱い。
「……なんでこんな気持ちになるんだろうね……?」
「分かりません。けれど……」
星華は、雫月に向けて静かに微笑んだ。
「この気持ちは……大切にしたいと思います」
「……っ」
雫月は胸いっぱいに温かさが広がり、涙が出そうになるのを堪えた。
「じゃあ……今日はもう寝るね。星華、おやすみ」
「はい。おやすみなさい、雫月様」
星華が部屋を出ようとすると、雫月の声が背中に飛んだ。
「星華!」
振り返ると、雫月が少しだけ恥ずかしそうに微笑んでいた。
「今日はね……幸せだったの」
星華の胸が温かく満たされる。
「……俺もです。雫月様」
扉が静かに閉じる。
その夜、二人は同じ温かい気持ちを胸に眠りについた。
(星華……)
(雫月様……)
名前を心の中でそっと呼び合いながら。




