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Yes, Your Highness  作者: 名無しの旅人


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プロローグ ― 星降る夜に ―

その夜、王都レヴァリアには、珍しく星が降るように輝いていた。


冬の風が街路樹を揺らし、白い外套をまとった兵士たちが警備のために街の大通りを巡回している。

星灯のランプが揺れるたび、石畳の路面に雫のような光がこぼれた。


王宮に隣接する迎賓館。

その裏門から、小さな馬車が静かに出ていく。

中には、まだ十二歳の少女――海乃うみの 雫月しずく皇女殿下が座っていた。


彼女の膝の上には、今日の公務で配られた花束からこぼれ落ちた小さな白い花弁が一枚、そっと乗っている。


雫月は花弁を指先で撫でながら、小さな声で呟いた。


「……お母様、今日はちゃんとできたよ」


馬車の窓越しに見える王都の夜景は、美しくもどこか寂しい。

彼女は幼いながら、いつも気丈に振る舞っていた。

しかし一年前、王妃である母・海乃明花あすかを病で亡くしてから、雫月の中にはいつも空洞のような孤独があった。


――その孤独を埋めるものが、この先待っているなど、本人は知る由もない。


馬車がゆっくりと城門の方へ向かう途中、突然、御者台の兵士が叫んだ。


「誰か倒れております! 馬を止めろ!」


馬車が急停止し、雫月は驚いて身を乗り出した。

視線の先に――暗い路地裏で、ひとりの少年が血に染まって倒れていた。


黒い外套。

痩せた腕。

泥だらけの足。

生きているのかすら分からないほどの傷の深さだった。


「殿下、危険です。馬車の中に――」


「いえ、行きます!」


雫月は兵士の制止を振り切って、馬車から飛び降りた。

冷たい石畳に足が触れた瞬間、身震いしたが、それでも彼女は少年のもとへ駆け寄った。


夜風が髪を揺らし、星明かりが雫月の小さな影を細く伸ばす。


「……大丈夫? ねぇ、聞こえる?」


少年は目を閉じたまま微動だにしない。

雫月は裾を破り、震える手で血を拭い始めた。


その時だった。


少年の唇が、かすかに動いた。


「……き……逃げ、ろ……」


その声は、まるで数え切れない絶望の底から絞り出されたようだった。

雫月は首を振る。


「逃げないわ。あなたを置いてはいけない」


「……だめ……オ、レを……殺しに……」


次の瞬間、どこからか金属音が響いた。

兵士たちが剣を抜き、雫月を庇うように立ちはだかる。


「殿下、伏せてください!」


闇の奥から、複数の影が姿を現した。

黒装束の男たち――刺客。

少年を追う一団。

明らかにただの追い剥ぎではない。


「標的はまだ生きている。回収しろ。邪魔な王族は殺していい」


その冷たい声を聞いた瞬間、雫月の身体が震えた。


けれど――倒れている少年はもっと震えていた。


助けを求めるように、触れられた雫月の手首にかすかな力が込められる。


雫月は息を吸い込み、叫んだ。


「私の許可なく、この子に指一本触れさせないわ!」


兵士たちが一斉に刺客へと飛びかかる。

剣戟の音が夜気を震わせ、火花が散る。

雫月は少年の肩を抱き寄せ、必死に支えた。


「お願い……死なないで……!」


その叫びに応えるように、少年の瞼がゆっくりと開いた。

暗い夜の中で、その瞳だけが光を宿している。


――深い紺色の瞳。


どこか、星の輝きのように。


「……に、げ……」


「守るから。私があなたを……絶対に助けるから……!」


星明かりがふたりを照らし、刺客の一人が雫月に向けて刃を振り下ろした――

その瞬間、倒れていたはずの少年が雫月を抱き寄せ、跳ね起きた。


刃を受けて倒れたのは少年だった。


「っ……!」


雫月の手の中で少年の血が温かく広がる。

彼は苦痛に顔を歪めながらも、雫月を庇って倒れ込んでいた。


兵士の援軍が駆けつけ、刺客たちは逃げ去っていった。

雫月は震える手で少年の体を抱きしめ、必死で呼びかける。


「お願い……死なないで……あなたの名前、まだ聞いてないのよ……!」


少年は気を失いかけた瞼を開ける。

その頬に触れる雫月の手の温もりを、確かめるように微かに目を細めた。


「……な、まえ……?」


「そう。あなたの名前……」


「……わから……ない……」


少年の声は消え入るように小さかった。

記憶のかけらすら残っていない

――そのことが雫月の胸を締めつける。


彼女は、自分の胸元にそっと額を寄せる少年を抱きしめ、言った。


「……なら、私があなたの名前をあげるわ」


冬の夜、星が静かに瞬く。

星々の輝きが、雫月の瞳に反射して揺れた。


「あなたの瞳は……夜空の星みたい。だから――あなたの名前は星華せいか


少年の呼吸がわずかに落ち着く。


「これからは……私の執事として、生きてくれる?」


その言葉を聞いたとき、少年の胸の奥で、失われた記憶とは別の何かが、微かに灯った。


「……Yes……Your Highness」


そう答えて、少年――星華は深い眠りに落ちた。


雫月はその手を離さず、静かに夜空を見上げた。

星が流れた。まるで、ふたりの新たな運命を祝福するように。


――この瞬間から、ふたりの物語は動き始める。


やがて訪れる運命、愛、国家の陰謀、そして星華の忌まわしき過去。

それら全てを越えて、二人はひとつの愛へ辿り着く。


まだ幼い皇女と、記憶を失った元暗殺者。

交わるはずのなかった二つの運命が、星の下で重なった夜だった。

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