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戦国絵巻 茶々と大野治長 「ただそばで、見ていてやる 」

作者: のはな

【戦国絵巻 淀君と大野治長の愛】



乱世のこの時代、女と子供の運命は常に男達によって翻弄されるしかない。


この国で、最も美しい母から産まれ…


最も恐ろしい男を伯父に持った君が、運命に翻弄されるのを拒むように、美しく育ったのをずっとそばで見つめてきた。


茶々



お前を愛している。



一生涯お前を抱かず、ただお前のそばにいる。







「復讐してやるのじゃ。妾の母を殺したあの猿め。…っ妾に、膝まづかせてやる…!」


夏の暑い盛りの夜の闇の中、茶々の声だけが冷たい水面を滑るようにヒヤリと広がっていた。

下を向き、真新しい畳の目を静かに数えていた大野治長は顔を上げずにその声を聞いていた。


茶々の声は女にしては少し低く、それが生前の母親とよく似た声色だった。


彼女の夫はこの声に亡き母親を重ね、茶々に惹かれたのだろう。


気の強いはっきりとした口調は、幼い頃から変わらない。復讐してやると言い切った彼女の烈情に対し、治長はただ何も言わず一度その感情を受け入れた。



「弥十郎…妾を抱け!猿になど、手ほどきなどいらぬ。そなたが妾を女にしてみろ」


苛立った声で命令され、手に持った扇で顎をさらい上を無理やり向かせられた。

茶々は治長の幼名で呼び、見慣れたはずの彼の美しい顔をしげしげと見下ろした。


天下人が住まうこの伏魔殿でも、治長の容姿は評判となった。それほど、彼ほどの美しい顔と長身の美男子はそういない。



「抱け!」


幼い頃も、他の男の喧嘩に負けるなと焚き付けた茶々らしい激しさできつく言われる。


「早う抱け!遠慮はいらぬ!」


(抱け…抱けと…人の気も知らないで…)


胸ぐらを掴まれ、何も言わない事に腹を立てたのか今度は扇で頬を何度か叩かれた。


弥十郎と呼ばれていたのは、いつの頃か…


元服する前の名前で呼ばれていたのは、茶々がまだ幸せに家族と暮らしていた時代の頃だ。


彼女の両親は政略結婚とは思えぬほど仲睦まじく、茶々を含め3人の娘がいた。

浅井家と織田家との同盟は盤石であり、戦争など起こるはずがないと信じられていたあの頃。


治長もまた、茶々の乳母役の母と共に幸せに暮らしていた。


だが、もう二人の母はいない。


織田家により父は殺され、母が茶々達を守るために再婚した柴田もまた、茶々の母と共に戦火にて自刃した。


治長の母は茶々の母と共に死ぬことを志願し、燃え盛る城の炎の中へ消えていった。


残された三姉妹の長女として、茶々は怪物となった猿の慰めものとなり、自ら生贄になることを志願した。


明日は、その猿のものにいよいよなる。


それなのに、なぜ俺に抱けという。



「………」


茶々に何度か頬を殴られ続けていたせいで、口の中を切ったのか、じんわりと鉄の味が中に広がっていた。


弥十郎は虚ろな目で茶々に視線を初めて合わせ、覆いかぶさってきた彼女の身体を振り払わず言った。



「…恐れながら。羽柴様は、茶々様が男を知らぬことに喜び、自分が初めての手ほどきをしたことで支配欲を満たせることでしょう。そんなこと、貴方が一番わかっているのかと、ばかり…」


「…初めてのフリなどしてやるわ。猿の前では、常に芝居しかせぬ」


「………」


のしかかる茶々の身体の、なんと軽いことか。


細い腰に手をやり、泣きそうな顔でいる茶々の頬を弥十郎は静かに撫でた。


いつか見た涙がまた頬をつたい、後から後から湧き出てくる気がして胸が苦しくなった。


母を二人で無くし、泣くのは最後にすると言った彼女を見てから季節はもう2回以上回っている。



「弥十郎…の、前だけじゃ」


勿体ないくらいに美しい泣き顔を見て、その顔を猿の前に晒せば一瞬で虜にできると思った。



「素の顔を晒すなど…もう、できぬ」



俺の最も大切な人、好きな女は…

永遠に手にはないらない。


触れることも抱くことも許されない。



この体も声も顔も、全部全部、あの醜く頭の良い猿のものにされて、身籠るともわからない種を植え付けれられる様を、隣で見ていることしかできない。


それでも、そばにいる。



「…泣いてみろ。あの、猿の前で俺を思って泣いてみろ。猿を俺だと思って、抱かせてやれ」



茶々の烈情を飲み込み、自分まで可笑しくなるような熱に頭が侵されている。

復讐してやろうと思ったのは、彼女だけではない。


国も家も何もかも滅ぼされ、残ったのは茶々だけになった。

好きな女を攫ってこの国の端まで逃げ落ちる人生も考えたが、それよりも猿に屈辱を味あわせてやることがある。



「お前のことは一生抱かない。だが、心は俺だけのものだ」



茶々の体には指一本触れず、ただそばにいて、あの猿が身を滅ぼしていくさまをじわりじわりと見つめてやろう。



子供を持たない猿め。

子供を得たことで味わう高揚感を知れば、築き上げた全てを崩してでも子供に受け継がせたいと思うことだろう。



「猿になど、お前は渡さん。そばでずっと見ていてやる…お前が、この国で天下を取る様を」


「弥十…ろ」


「…泣くな。泣くのは、猿の前だけにしろ…勿体ない」



指一本触れない変わりに、泣いている茶々の唇を口で塞いで蓋をして触れた。


これが、最後だ。



「茶々…」



これを最後にして、もう茶々とは呼ばない。




「茶々、愛してる。一生…そばにいる」




その後


淀君は秀吉の側室となり、奇跡を起こして二人の子供を得た。


秀吉は、秀頼ができたことにより甥に渡した豊臣の政権を、甥の一族を皆殺しにすることで手中に収めている。


子供を得れぬ体のため、十数年かけて育て上げた後継者を全て始末した事は、異常であると言ってもおかしくはない。



こうして秀吉の全てを受け継ぐことになった秀頼であるが、小柄な秀吉には似ても似つかない大柄な体を持ち、淀君と側用人の大野治長の子供ではないかとあらぬ噂をかきたてられている。


大野治長は淀君の乳母の息子であり、兄妹同然に育った男で、常に淀君のそばにいた。


寡黙な男であったが、背が高く美しい顔立ちをした男であったという。 



大阪夏の陣で淀君の子供、秀頼と共に自決したと伝えられている。


彼の子供が秀頼であったという証拠はなく


ただひたすら淀君のそばを離れなかったという史実しか、存在していない。





















大野治長はあまりメジャーな歴史の人物ではありませんが、近年では大河ドラマにも淀殿(茶々)をささえる側近として出てくるなど、知る人ぞ知る超絶イケメンです(笑)


背も高く、顔立ちも美しいので大坂城では大変噂になっていたとか。

そのため、痩せて背の低い秀吉から大柄な淀君の子供とはあまりにも似ておらず、彼と内通しているのではないか?という悪いうわさも立っていました。

おそらく当時対立していた徳川から出た悪口、噂であると思いますが。

個人的には、幼い頃から母と同じ乳を飲み兄妹同然に育ってきた2人には、他の人間には入れないようなきずながあってもおかしくないと思っています。


この話は短編ですが、割と気に入っています。


読んでいただきありがとうございました!!

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