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「闇を抱く双剣」(ファンタジー)

 青い月の光が鎧を照らす。レイラは剣を引き抜き、満月に向かって掲げた。鋼の表面が光を反射し、一瞬、森の中に星が落ちたかのような輝きを放つ。


「カラドボルグよ、我が敵を照らせ」


 剣に宿る魔力が解放され、青白い光が暗い森を貫いた。レイラの背後で、従者のマークが身震いする。


「英雄様、本当にここで合っているのでしょうか?」


 レイラはうなずいた。十年の時を経て、再び同じ場所に立っている。王国で最も恐れられた闇の魔女がかつて住んでいた廃墟だ。


「そうだ。ここは間違いない。エレニアの居城だ」


 その名を口にした瞬間、冷たい風が吹き抜けた。木々が不吉な音を立てて揺れる。


「伝説によれば、魔女は敗北した後も生き続けているとか……」マークが震える声で言った。


「伝説だけではない。私は知っている」


 レイラは剣を下げ、廃墟へと歩み始めた。


---


 十年前、レイラは王国一の剣士として名を馳せていた。王の親衛隊長として仕え、幾多の戦で勝利を収めてきた。しかし、彼女の前に立ちはだかったのが、闇の魔女エレニアだった。


 エレニアは北方の森で勢力を拡大し、村々を恐怖に陥れていた。レイラは討伐隊を率いて魔女の城へと向かったが、魔女の強大な力の前に仲間たちは次々と倒れていった。


 最後に残ったレイラは、魔女との決闘に臨んだ。しかし、その戦いの真実は、彼女以外に知る者はいない。


 帰還した彼女は、「魔女を倒した英雄」として讃えられ、王国最高の地位を与えられた。人々は彼女をエレニア討伐の英雄と呼ぶようになった。


 しかし今、彼女は再び魔女の城を訪れていた。今度は使命ではなく、自らの意志で。


---


 廃墟の中央に立つと、レイラは闇に向かって声を上げた。


「エレニア! 私が来たことを知っているだろう」


 しばらくの沈黙の後、空気が揺らめき、闇の中から一人の女性が姿を現した。黒いドレスに身を包み、銀色の長い髪を風になびかせている。若く、美しい。十年前と何も変わっていない。


「久しぶりね、レイラ。十年ぶり? それとも十一年かしら」


 エレニアの声は優しく、穏やかだった。マークは驚きのあまり言葉を失った。目の前の女性は、伝説の中の恐ろしい魔女とはかけ離れていた。


「十年と三ヶ月だ。覚えているだろう?」


「ええ、もちろん」エレニアは微笑んだ。「あの日、あなたは私を『倒した』のよね」


「魔女様!」マークが剣を抜こうとしたが、レイラが手を上げて制止した。


「大丈夫だ、マーク。彼女は敵ではない」


 マークは混乱した様子で二人を交互に見た。


「しかし英雄様、彼女は闇の魔女です! あなたが討ち取った……」


「私は誰も討ち取っていない」レイラはきっぱりと言った。「真実を話す時が来たようだ」


 レイラは深く息を吸い、語り始めた。


---


「十年前、私は確かにエレニアと対峙した。しかし、それは戦いではなかった」


 レイラは懐から一枚の古い紙を取り出した。王の印章が押された命令書だ。


「これは魔女討伐の真の目的を記した文書だ。エレニアが魔女だったのは事実だが、彼女が村々を襲ったという噂はすべて王の捏造だった」


 マークの顔から血の気が引いた。


「エレニアの罪は、王の秘密を知りすぎていたことだけだ。彼女は王の醜い過去を暴こうとしていた。そして……」


 レイラはエレニアを見つめた。二人の間に流れる沈黙の中に、言葉にされない何かがあった。


「そして、私を愛していたこと」エレニアが静かに言った。


「我々は幼い頃からの親友だった」レイラは続けた。「彼女が魔法の才能を開花させ、王宮を去った後も、密かに会い続けていた。しかし、王はそれを知り、彼女を排除しようとした」


 マークは唖然としていた。


「では、魔女討伐は……」


「嘘だ」レイラはきっぱりと言った。「私は仲間たちを欺き、彼らを別の場所に向かわせた。そして一人でエレニアのもとを訪れ、王の計画を伝えた」


 エレニアが二人に近づいてきた。光の中で、その顔に深い悲しみが刻まれているのが見えた。


「私たちは計画を立てた」エレニアは言った。「私が死んだという噂を流し、レイラを英雄にする。それが二人にとって最善だった」


「私は王の信頼を得て、内側から彼の腐敗を暴くつもりだった」レイラは拳を握りしめた。「エレニアは影から私を支え、魔法で助けてくれた」


 エレニアはレイラの手に自分の手を重ねた。その瞬間、二人の周りに淡い光が灯った。


「私たちは双剣のようなものよ」エレニアは微笑んだ。「一方は光の中で戦い、もう一方は影から支える。でも本質は同じ」


 マークは混乱しつつも、二人の関係を理解し始めていた。


「しかし英雄様、なぜ今になって真実を……」


 レイラの表情が暗くなった。


「時間がないからだ」


---


 レイラは鎧の隙間から、胸元に広がる黒い模様を見せた。闇の呪いの痕だ。


「王は私の裏切りに気づいた。毒を盛られたが、エレニアの魔法のおかげで死を免れた。しかし、呪いを完全に解くことはできない」


「残された時間はあとわずか」エレニアが悲しげに言った。「だからこそ、今夜、すべてを終わらせなければならない」


 マークは戸惑っていた。「何を終わらせるのですか?」


「王の暴政だ」レイラは剣を抜いた。「今夜、王宮で反乱が起きる。私の配下の者たちが動く。だが、王には強力な魔法の護符がある。それを破るには……」


「私たち二人の力が必要なの」エレニアが言葉を継いだ。


 エレニアは手をかざし、闇の中から一本の剣が現れた。レイラの剣と瓜二つだが、こちらは漆黒に輝いている。


「カラドボルグの双子剣、モーンブレード」


 レイラは自分の剣を掲げた。二つの剣が近づくと、互いに共鳴するように震えた。


「光と闇の双剣が一つになったとき、どんな防御も無力となる」


 マークはついに理解した。「それで英雄様は十年もの間……」


「偽りの英雄として生きてきた」レイラは頷いた。「今夜、その役目も終わる。成功すれば、私は英雄から反逆者になるだろう」


「失敗すれば、私たち二人とも闇の魔女として歴史に名を残す」エレニアは冷静に言った。


 レイラはマークを見つめた。「お前には自由がある。ここで別れても構わない」


 マークは一瞬考え、剣を抜いた。


「私はあなたに忠誠を誓いました。英雄としてのあなたではなく、あなた自身に」


 レイラは微笑んだ。「ありがとう」


 エレニアは手をかざし、三人の前に魔法の門を開いた。


「行きましょう。私たちの最後の戦いが待っている」


 レイラとエレニアは手を取り合い、互いを見つめた。十年の別離を越えて、二人の心は今も一つだった。


「覚えているか、エレニア。私たちが最初に誓った言葉を」


「ええ、もちろん」エレニアは微笑んだ。「どんな闇も、二人なら照らせる」


 二人は共に剣を掲げ、魔法の門へと足を踏み入れた。彼女たちの影は一つに溶け合い、やがて闇の中に消えていった。


 歴史は二人をどう記すだろうか。英雄か、反逆者か、それとも伝説の恋人たちか。


 真実は、しばしば最も深い闇の中に隠されている。しかし、愛の光はその闇さえも照らし出すのだ。

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