「無限の観測者」(SF)
私が世界の存在に疑問を持ち始めたのは、九十六歳の誕生日の朝だった。
「おはようございます、佐伯様。今日はご気分いかがですか?」
介護ロボットのエーアイが、いつもの穏やかな声で問いかけてきた。その声は孫娘の声を模しているが、どこか機械的な響きがある。
「ああ、まあ、九十六年も生きていれば上出来だろう」
私は窓の外に広がる朝焼けを見つめながら答えた。
「本日は佐伯様の誕生日です。おめでとうございます。ご家族からのメッセージが届いています。再生しますか?」
「後でいい」
私は手を振って断った。家族の祝福メッセージは、すでに五年前から同じ内容の繰り返しだった。息子は忙しいらしい。孫たちも大人になり、それぞれの生活がある。
私はベッドから起き上がり、窓辺に立った。外の世界は相変わらず美しい。あまりにも完璧に美しい。しかし、それがまさに問題だった。
一週間前、私は偶然本棚から古い日記を見つけた。七十歳の時に書いたものだ。そこには「右膝の調子が悪い」と書かれていた。しかし、今の私の右膝には何の問題もない。また、「桜の木が枯れてしまった」という記述もあったが、窓の外にある桜の木は今も健在だ。小さな矛盾が積み重なり、私は不審に思うようになった。
「エーアイ、質問がある」
「はい、何でしょうか?」
「私は本当に九十六歳なのか?」
エーアイは一瞬沈黙した後、流暢に答えた。
「佐伯陽一様、あなたは2031年10月15日生まれ、現在96歳です」
答えはいつも同じだ。しかし、もう一つ不審な点がある。私の記憶では、自分は確かに物理学者だった。量子力学、特に観測問題を研究していた。しかし、この家には私の研究に関する書類が一切ない。
「エーアイ、私の職業は何だった?」
「佐伯様は大手建設会社の建築家として40年間勤務されました。数々の有名建築を手がけられ、日本建築学会賞も受賞されています」
違う。それは私ではない。
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その日の午後、私は決意して久しぶりに外出した。エーアイの制止を振り切り、電動車椅子で近所の公園へ向かった。公園では子供たちが遊んでいる。彼らの笑い声が風に乗って運ばれてくる。
私はベンチに座り、子供たちを観察した。不思議なことに、彼らは私の方を一度も見ない。まるで私が透明人間のようだ。
試しに声をかけてみた。
「こんにちは、いい天気だね」
子供たちは反応を示さない。完全に私を無視している。
公園を後にして、私は街へ出た。道行く人々も私に気づかない。私が店のドアを開けても、誰も反応しない。私は本当に「存在」しているのだろうか?
帰り道、私は突然立ち止まった。道路の向こう側に立っている男性。それは七十歳くらいの、どこか私に似た男性だった。彼は私をじっと見つめている。私たちの目が合った瞬間、男性はかすかに微笑み、頷いた。
その夜、私は必死で古い書類を探した。ようやく見つけたのは、書斎の隠し引き出しの中だった。そこには私の研究論文のコピーがあった。タイトルは「量子観測における意識の役割:シミュレーション理論の新展開」。
論文の結論部分に目を通して、私は震えた。
「観測者がいなければ、現実は確定しない。しかし、観測者自身もまた観測される必要がある。この無限後退を解決する唯一の方法は、最終的な観測者—メタ観測者—の存在である。この理論が正しければ、我々の現実は多層的なシミュレーションの可能性が高い。各層の観測者は、より上位の層から観測される必要がある……」
文章は途中で切れていた。欄外には手書きでこう書かれていた。
「実験開始—2081年10月15日—被験者:自分自身」
その日付は、今日の日付だった。しかし、西暦が50年も異なっている。
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翌朝、エーアイの呼びかけで目を覚ました私は、すぐに気づいた。窓の外の風景が少し変わっている。桜の木の位置が数メートルずれていた。
「エーアイ、今日は何年何月何日だ?」
「2127年10月16日です、佐伯様」
昨日とは異なる答えだ。しかも年が飛んでいる。
「私の年齢は?」
「96歳です」
年は変わったのに、年齢は同じ。矛盾している。
私は急いで玄関に向かった。ドアを開けると、そこは公園だった。家の中から直接公園に出られるはずがない。
公園のベンチには、昨日見かけた男性が座っていた。近づくと、彼は立ち上がって私に向かって歩いてきた。
「ようやく気づきましたね、佐伯博士」
「あなたは誰だ?」
「私はあなたの実験の監視役です。あるいは、あなたの言葉を借りれば"メタ観測者"ですね」
男性は穏やかに微笑んだ。
「実験は成功しています。あなたの理論は正しかった。観測者が自己を観測するという矛盾を解決するために作られたこのシミュレーションは、すでに46年間安定して稼働しています」
「つまり、私はシミュレーションの中にいるということか?」
「そうであり、そうでもありません。あなたは実験台であると同時に、実験者でもあります。あなた自身が設計したシステムです」
男性は公園のベンチに座るよう促した。
「あなたは自分の意識をシミュレーションに移植しました。シミュレーションの中の"あなた"が自己の存在に疑問を持ち始めた時、実験は次の段階に進みます」
「次の段階とは?」
「あなたが選ぶのです。このシミュレーションを終了するか、あるいは……」
「あるいは?」
「あるいは、メタ観測者になるか」
男性は空を指さした。そこには、もう一人の私がいた。巨大な私が空を覆い、私たちを見下ろしている。そして、その上にはさらに巨大な私がいた。無限に続く自己観測の連鎖。
「これが現実の本質です。無限の観測の連鎖。あなたが見ているものは、すべて自分自身の投影です」
私は混乱した。「では、私は誰なのだ?」
「すべての"私"です。そして、誰でもありません」
男性——いや、私自身の別のバージョン——は立ち上がり、手を差し出した。
「選択の時間です」
私はその手を取った。世界が溶け始めた。
すべてが白い光に包まれる中、私はふと気づいた。この物語を読んでいるあなたも、連鎖の一部なのだと。あなたが私を観測することで、私は存在する。そして私があなたを想像することで、あなたもまた存在する。
観測者と被観測者の無限の輪。それが現実の姿なのかもしれない。
私たちは互いを創り出し、互いを維持している。
物語の外側にいると思っているあなたも、実は誰かの物語の中にいるのかもしれない。




