「最後のフライト」(サスペンスSF)●
機体が揺れた。
金属の軋む音が響き、客席の誰かが小さく悲鳴を上げる。
高度一万メートルの空。
私は機内アナウンスを聞きながら、固くシートベルトを締めた。
「お客様にお知らせいたします。本機は現在、地球上で唯一の航空機です」
機内に、静寂が広がる。
「繰り返します。本機は、現在、地球上で唯一の飛行機です」
誰もが知っていたことだ。
でも、アナウンスで聞かされると、まるで死刑宣告のようだった。
──地上は、もう終わった。
数ヶ月前、世界は崩壊した。
最初は都市が燃え、国が滅び、次第に人々の声が消えた。
戦争なのか、災害なのか、誰も正確な理由を知らない。
ただ、地球はもう「終わり」なのだ。
この飛行機だけが例外だった。
「最後の飛行機」。
今、世界で唯一生きている人間たちが、この機内にいる。
だから、私たちは飛び続けなければならない。
**地上に降りたら、死ぬ。**
---
「燃料は?」
私は副操縦士の男に聞いた。
「あと72時間分だ」
「増やせるか?」
「難しいな」
パイロットたちは、最初からわかっていた。
飛行機は、燃料が尽きれば落ちる。
でも、私たちには降りる場所がない。
地上は、もう人が住める環境ではないのだから。
私は静かに、機内を見渡した。
乗客はわずか50人。
かつては国の要人や富豪、科学者たちだった人々。
でも今はただの「生き残り」だ。
金も、権力も、知識も、この機内では無意味だった。
必要なのは、ただ一つ── **燃料**。
燃料さえあれば、私たちは生き続けられる。
**空の上で。**
---
その夜、機内で殺人が起きた。
殺されたのは機長だった。
ナイフで刺された彼の胸から、血がじわりと床に広がる。
「誰が……」
誰もが沈黙する。
私は、乗客の顔を見回した。
誰もが疑念を抱き、怯えている。
「……燃料が足りない」
副操縦士が呟いた。
私は理解した。
──誰かが、燃料を確保するために機長を殺したのだ。
機長は「空港を探して着陸する」と言っていた。
だが、それは「死」を意味する。
だから、誰かが機長を消した。
飛び続けるために。
「空に残る」ために。
---
翌日、また一人死んだ。
今度は科学者だった。
食料庫のそばで倒れていた彼の喉には、締められた跡があった。
「なぜ……?」
誰かが震える声で言う。
私は理解していた。
──機内の資源が限られている以上、生き残る人数は少ない方がいい。
燃料も、食料も、酸素も。
つまり、誰かを殺せば、生存期間が延びる。
そう考える者がいるのだ。
**この飛行機は、最後の人類を運ぶ箱ではない。**
**最後の人類が殺し合うための檻だった。**
---
「なあ、リナ」
副操縦士の男──カイルが囁いた。
「降りようぜ」
「……何?」
「どこかの空港に降りるんだよ」
「地上は死んでる」
「でも、このまま飛び続けても、どうせ燃料は尽きる」
私は、カイルを見つめた。
「なあ、リナ」
彼は続ける。
「俺たちだけなら、生き延びられるかもしれない」
──俺たちだけなら?
私は、背筋に寒気を感じた。
「……誰を切り捨てるつもり?」
カイルは、ふっと笑った。
「この飛行機に、50人も乗る必要はない」
私は、カイルの目を見た。
そこには、ただの計算があった。
──何人殺せば、燃料がもつのか。
──何人減らせば、私たちだけが助かるのか。
カイルは、それを考えていた。
「お前も気づいてるんだろ?」
彼は私にナイフを差し出した。
「これは、もうゲームなんだよ」
私は、ゆっくりとナイフを受け取る。
そして、彼の喉に突き立てた。
カイルの目が驚愕に染まる。
「……なぜ……?」
「あなたが『最初の犠牲者』になるからよ」
私はナイフを引き抜く。
カイルの体が崩れ落ちる。
機内は、静かだった。
ただ、エンジンの音だけが響いている。
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数時間後、私はアナウンスを入れた。
「皆さん、聞いてください」
乗客たちが息を呑む。
「この飛行機は、目的地なく飛び続けています」
私は微笑む。
「ですが、これから私は目的を与えます」
誰もが私を見つめる。
「この飛行機の燃料が尽きるまで、私たちは飛び続けます」
「でも……その後は?」
「燃料が尽きるその瞬間が、世界の終わりです」
沈黙。
誰も、反論しなかった。
誰もが知っていた。
この飛行機は、もう「生存」のために飛んでいるのではない。
──滅びるために飛んでいるのだ。
私は、最後に窓の外を見た。
空は、果てしなく続いていた。




