「忘れ物」(SF:すこし不思議)
朝、駅の改札を抜けたところで、私はそれを見つけた。
ベンチの上に置かれた、小さな茶色いノート。
手のひらほどのサイズで、表紙には何のタイトルも書かれていない。
私はそれを手に取り、中を開いた。
最初のページには、たった一行だけ書かれていた。
**「落とし主を見つけてください」**
次のページをめくると、そこには見覚えのある文字が並んでいた。
**「私は、今日このノートを拾った」**
私は息を呑んだ。
まるで、今の私の行動が記録されているようだった。
ふと、背後から声がした。
「それ、私のノートです」
振り向くと、黒いコートを着た女性が立っていた。
「これ……あなたの?」
「ええ」
彼女は微笑み、ノートを指さす。
「最後のページを見てみてください」
私は言われるままに、ノートの最後のページを開いた。
そこには、こう書かれていた。
**「私は、このノートを拾った人に、最後のページを読ませた」**
私は、背筋が冷たくなるのを感じた。
「どういうこと……?」
「ねえ」
女性は静かに言った。
「あなた、このノートを拾ったのは初めて?」
私は、答えられなかった。
頭の奥で、何かが揺らぐ感覚がした。
このノートを拾うのは──初めてじゃない?
それとも、私はずっと前にも拾っていて、そのことを忘れている?
わからない。
でも。
──今、この瞬間も、私がこのノートを拾うことは、すでに書かれていたのだ。
私は、ノートをそっと閉じた。
ベンチの上に戻す。
立ち去る。
振り向かずに。
そして、改札を抜けたところで、私はそれを見つけた。
ベンチの上に置かれた、小さな茶色いノート。