「遺伝子トレーダー」(SF)
彼の職業は「遺伝子トレーダー」だ。
少し未来、世界では個人の遺伝子情報が資産として取引されていた。優れた知能や容姿を持つ遺伝子は高値で売買され、企業は優秀な人材の遺伝子を買い取り、顧客の子どもに受け継がせる。ある者は自らの遺伝子を売って大金を手にし、ある者は理想の子どもを手に入れるために遺伝子を買う時代。
彼の仕事は、その遺伝子取引の仲介だった。
ある日、彼は奇妙な依頼を受ける。
「私の遺伝子を売ってほしい」
依頼人は、冴えない中年男だった。禿げかけた頭、たるんだ腹、どこにでもいるような平凡な顔。彼の遺伝子には、高値がつく要素がひとつもない。
「申し訳ありませんが、あなたの遺伝子には市場価値が……」
「あるんだよ」
男は微笑みながら一枚の証明書を差し出した。そこには、「世界最高IQ 237」と記されていた。
「IQ237……?」
「そう。私は、世界で最も頭のいい男なんだ」
彼は即座に市場価値を計算し、驚愕した。男の遺伝子は、過去に取引されたどのDNAよりも高価になる可能性があった。超富裕層の間で、知能の遺伝子は最も希少価値が高い。彼は急いで各社に打診を始めた。
すると、驚くべきことが起きた。
「その遺伝子には一切の価値がない」
どの企業も、男の遺伝子の購入を拒否したのだ。
なぜだ?
焦った彼は、さらに深く調べ始めた。そして、一つの事実に行き当たる。
――この男のIQ237は、何の役にも立たない。
計算はできる、言語能力も高い、知識も豊富……しかし、彼は社会に何の貢献もしていなかった。アイデアを生み出すわけでもなく、芸術を創るわけでもなく、ただ高い知能指数を持つだけ。彼の脳は、人類最高の計算機でありながら、意味を生み出せない装置だったのだ。
企業はすでにそれを知っていた。だから彼の遺伝子は売れなかった。
「私は無価値なのか?」
男は虚空を見つめ、呟いた。
彼は答えられなかった。
知能とは何か?
価値とは何か?
そして、売れる遺伝子と売れない遺伝子の違いとは――?




