「マリオネットの見る夢」 (SF)
彼は目を覚ました。
カプセルの中だった。
半透明の液体に浸かりながら、ぼんやりとした意識で周囲を見渡す。青白いライトが天井から降り注ぎ、冷たい金属の壁を照らしていた。外には白衣を着た男たちが数人、端末を操作しながらこちらを見ている。
──また、だ。
彼は、これが「実験」なのだと知っていた。
だが、何のための実験なのかは知らない。
カプセルの外にいる白衣の男が、一人、彼に話しかけた。
「おはようございます、被験者Ω3号。気分はどうですか?」
彼は応えようとしたが、声が出なかった。喉がこわばり、まるで長い間使われていなかったかのような感覚がした。
「大丈夫、すぐに馴染みます。今回も、いつも通りのテストを始めますよ」
白衣の男は淡々と告げ、手元の端末を操作した。
次の瞬間、彼の意識は暗転し、別の世界へと飛ばされた。
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目を開けると、そこは見覚えのある場所だった。
都会の喧騒。行き交う人々。ビル群の間を縫うように走る無数のホログラム広告。
彼は歩道に立っていた。いつもの場所だった。
目の前のカフェには、いつものようにコーヒーを飲む恋人がいた。
彼は安堵し、席に向かう。
「おはよう」
「おはよう、今日も遅かったね」
恋人は微笑んだ。
だが、彼はふと違和感を覚えた。
……今日も?
彼は何かがおかしいと感じた。
思い出せない。昨日が、ない。
彼はこの日常が繰り返されているような気がした。
いや、それだけではない──。
すべてが、作り物のような気がする。
周囲の人々の動きが妙にぎこちない。まるで「決められたプログラム」に沿って動いているかのように。
彼はカフェのガラスに映った自分の顔を見た。
その瞬間、全身が凍りついた。
──顔が、ない。
輪郭はあるのに、目も鼻も口もない。ただの「のっぺらぼう」だった。
彼は息を呑んだ。
周囲を見回すと、人々の顔が次々と崩れていく。
そして──。
「大丈夫ですよ、Ω3号。今、修正します」
突然、頭の中に声が響いた。
視界がノイズに包まれ、世界が崩壊していく。
次の瞬間、彼は再びカプセルの中にいた。
白衣の男が微笑んでいた。
「問題が発生しましたね。でも、もうすぐ完璧になりますよ」
「……なにを、している?」
かすれた声で、彼はようやく問いかけた。
白衣の男は淡々と答えた。
「あなたは被験者Ω3号。人間の意識をデジタル空間に移植する実験の、テストモデルです」
彼は、息を呑んだ。
「……僕は、人間なのか?」
白衣の男は微笑んだ。
「さて、それはあなたが決めることです」
カプセルの外にあるモニターに、無数の「彼」の顔が映っていた。
どれも、微妙に違う顔。
別の人生を歩んだ「彼」。
そのどれもが、「本物」ではなかった。
白衣の男は、ゆっくりと手元のボタンを押した。
「では、次のシミュレーションへ移りましょう」
視界が暗転する。
そして、彼は再び「目を覚ました」。