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いろんなショートストーリー集  作者: 霧崎薫


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「水の底で眠る」(現代ファンタジー)

 夏が終わるころ、私は彼女を見送った。


 駅のホームで、最後に抱きしめたときの彼女の肌は、少しひんやりしていて、まるで朝方の川の水みたいだった。


「じゃあね」


 電車のドアが閉まる。


 彼女は小さく手を振って、そのまま光の向こうへと消えていった。



 彼女と出会ったのは、梅雨が明けたばかりのころだった。


 家の近くの川べりで、彼女はしゃがみこんで水面をじっと見つめていた。


「何してるの?」


「金魚、いたんだよ」


 彼女はそう言って、光を映した川の底を指さした。


「ほら、あそこ」


 私には、何も見えなかった。


「……本当にいる?」


「うん」


 彼女は確信を持って頷いた。


「たぶん、昔、誰かが放したんだよ」


 彼女の声は、少しだけ寂しそうだった。


 私はそのとき、なんとなく彼女に触れたくなった。


 金魚が本当にいるのかどうかなんて、どうでもよかった。ただ、その透明な瞳で何かを見つめ続ける彼女が、どこか遠くに行ってしまう気がした。



 彼女は、いつも少しだけ向こう側にいる人だった。


 よく遠くを見ていたし、話す言葉も、どこか夢みたいにふわふわしていた。


「ねえ、水の中に沈んでみたいって思ったことない?」


「え?」


「ぜんぶ、ふわっとしてさ。世界の音がなくなって、息ができなくなって、でも苦しいとかじゃなくて、ただ静かになっていくの」


 私は答えなかった。


 でも、そのとき、彼女がもうこの場所にいないような気がして、怖くなった。



 彼女は、夏の終わりに引っ越した。


「遠くへ行くの?」


「うん。でも、ずっと遠くじゃないよ」


 彼女は笑って、「またね」と言った。


 でも、私は知っていた。


 きっと彼女はもう、私の世界にはいないのだ。



 秋になって、彼女がいた川へ行った。


 水面をじっと見つめる。


 金魚は、やっぱりいなかった。


 でも、ひんやりとした風が吹いたとき、一瞬だけ、水の底に何か赤いものが揺れた気がした。


 それが何だったのか、私は確かめないことにした。


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