「忘れられた地球」(SF)
船が、静かに降下していく。
目の前に広がるのは、青く輝く惑星――**地球**。
だが、今そこにいるのは、**地球人ではない**。
◆
「大気は安定、重力1.0G……理論上、生命維持可能です」
機内アナウンスが流れる。宇宙考古学者のアヤ・ハシモト博士は、緊張した面持ちで窓の外を見つめた。
「……本当に、地球なのか?」
5000年もの間、地球は忘れ去られていた。
歴史の記録から抹消され、誰もが存在すら疑問に思うようになった。地球に関する文献はすべて「虚構」だとされ、人類は銀河へと広がりながらも、二度とこの星を訪れなかった。
なぜか?
……それは、「地球消失事件」と呼ばれる出来事のせいだった。
◆
5000年前、突如として地球の座標が消失した。
銀河連邦のどの星図からも、地球の記録は削除され、すべての航行ルートから「不可侵領域」として認識された。
しかし、なぜそんなことが起こったのか、正確に知る者はいない。
地球を知る人類は、すでにこの宇宙には存在しないのだから。
◆
「博士、着陸します」
機体が静かに大気圏へ突入する。
船窓から見下ろす地表は、緑が生い茂り、透き通るような青い海が広がっていた。
「……驚いたな」
誰もいないはずの地球は、完璧に生きていた。
森があり、川があり、そして――
**人間がいた。**
◆
「なぜ……? どうして人間が……?」
着陸後、博士たちは現地調査を開始した。
すると、信じられないことに、そこには原始的な集落があり、動物を狩り、火を使い、言葉を話す人々がいた。
彼らは、5000年前に宇宙へ進出した「人類」とまったく同じDNAを持っていた。
では、彼らはどこから来たのか?
宇宙へ進出した人類は、地球を捨てたはずではなかったのか?
◆
調査を進めるうちに、博士たちはひとつの仮説に行き着く。
それは――**地球が時間を巻き戻した**、というものだった。
何らかの原因で、地球上の時間は5000年前にリセットされていた。
人類が宇宙に旅立ったその瞬間、地球は「生き直し」を選び、すべてを初期化したのだ。
だが、それは誰の意思によるものだったのか?
自然現象か? それとも、地球自身の……?
◆
「もしかすると、人類がこの星を捨てたとき、地球は……」
博士は空を仰ぐ。
風が吹き、森がざわめき、どこからか鳥の鳴き声が響く。
――この星は、もう一度やり直したのだ。
人類が「未来」を選んだとき、地球は「過去」を選んだ。
5000年の間に、人類は星々へと広がり、文明を築いた。
だが、地球に残った者たちは、5000年前の姿のまま生きていた。
それは、人類が「進化」の道を選び、地球が「回帰」の道を選んだということなのかもしれない。
◆
「……博士、どうしますか?」
調査隊のメンバーが尋ねる。
博士は少し考え、それから静かに言った。
「ここに、何も残してはいけない」
「え?」
「地球は、我々を拒んでいる。この星に関する記録は、再び封印するべきだ」
「そんな……!」
だが、博士の決意は揺るがなかった。
この星は、人類が触れてはいけないものだった。
◆
宇宙船が地表を離れ、再び闇の中へと消えていく。
船窓から見える青い惑星は、何も知らぬ顔をして、ただ静かに輝いていた。
――地球は、**自分自身を守るために時間を巻き戻した**のだ。
それは、人類に対する最後の警告だったのかもしれない。




