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いろんなショートストーリー集  作者: 霧崎薫


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「第三の男」(ミステリー)●


 俺がこのバーに来るのは、週に二度と決めている。


 なぜかって? そりゃ、おれのポケットが週に二度の酒代しか許可しないからだ。


 今夜もカウンターに座ると、マスターが黙ってバーボンを置いた。氷が一つ。俺がこいつを転がしてる間は、話しかけないのがここのルールだ。


 それを破るのは、決まって厄介ごとを運んでくる奴だ。


 案の定、背後でスツールの軋む音がした。


「探偵さん、ちょっと相談があるんだけどね」


 うっとうしいことに、今夜の厄介ごとは女だった。



「誰かが私を殺そうとしてるのよ」


 女は赤いルージュを引いた唇で、さらりとそう言った。


「そりゃ大変だな」


「あなた、探偵でしょう?」


「いや、週に二度だけここでバーボンを飲む男だ」


「でも、どうせ暇なんでしょう?」


「言うね、お嬢さん。……で、誰に狙われてるんだ?」


 女はため息をついて、長い指でグラスをなぞった。


「……私の夫」


「そいつは問題だ」


「それに、私の愛人」


「そいつも問題だ」


「それから……私の夫の愛人」


「そりゃもう、社会問題だな」


 俺はバーボンを一口飲み、氷を鳴らした。


「で、証拠は?」


「ここよ」


 女が差し出したのは、一通の封筒だった。開くと、中には三枚の写真。


 一枚目は、女と夫のツーショット。次は女とその愛人。そして三枚目には――


「おやおや」


 そこには、俺が写っていた。



「どういうことだ?」


「私の夫はあなたを雇ったのよ。私を尾行して証拠を掴むために」


「それは初耳だな」


「あなたは夫の依頼で私を追った。そして、私の愛人もあなたに金を払った。夫にバレないようにするためにね」


 俺は写真を指で弾いた。


「つまり、俺は二人から依頼料をもらったわけか」


「そうよ。おかしいと思わない?」


「おかしくて、バーボンを噴き出しそうだ」


「でも、もっとおかしいのはね……この三枚目の写真よ」


 女は俺の写真を指で押さえた。


「誰がこれを撮ったと思う?」


 俺は口を開かなかった。


「私の夫は、あなたに尾行を頼んだ。でも、あなたの写真を撮れるのは、あなたを尾行した誰かよ」


「なるほど」


「つまり、三人目の男がいるの」



 女が店を出た後、俺はもう一杯頼んだ。


「ややこしい話だったな」


 マスターがぼそりと言う。


「ややこしいが、よくある話さ」


「それで、結局どうするんだ?」


「どうもしないさ」


 俺は三枚目の写真を見つめた。


 ……そう、この写真を撮ったのは「俺」だった。


 俺は夫から依頼を受け、女の行動を追い、彼女の愛人とも取引した。そして、彼女に「三人目の男がいる」と思わせるため、自分の写真を忍ばせたのだ。


 女は混乱し、誰が敵で誰が味方かを見失った。


 その結果、俺が手にするのは――三重の報酬だ。


 バーボンの氷が、静かに溶けた。

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