「第三の男」(ミステリー)●
俺がこのバーに来るのは、週に二度と決めている。
なぜかって? そりゃ、おれのポケットが週に二度の酒代しか許可しないからだ。
今夜もカウンターに座ると、マスターが黙ってバーボンを置いた。氷が一つ。俺がこいつを転がしてる間は、話しかけないのがここのルールだ。
それを破るのは、決まって厄介ごとを運んでくる奴だ。
案の定、背後でスツールの軋む音がした。
「探偵さん、ちょっと相談があるんだけどね」
うっとうしいことに、今夜の厄介ごとは女だった。
◆
「誰かが私を殺そうとしてるのよ」
女は赤いルージュを引いた唇で、さらりとそう言った。
「そりゃ大変だな」
「あなた、探偵でしょう?」
「いや、週に二度だけここでバーボンを飲む男だ」
「でも、どうせ暇なんでしょう?」
「言うね、お嬢さん。……で、誰に狙われてるんだ?」
女はため息をついて、長い指でグラスをなぞった。
「……私の夫」
「そいつは問題だ」
「それに、私の愛人」
「そいつも問題だ」
「それから……私の夫の愛人」
「そりゃもう、社会問題だな」
俺はバーボンを一口飲み、氷を鳴らした。
「で、証拠は?」
「ここよ」
女が差し出したのは、一通の封筒だった。開くと、中には三枚の写真。
一枚目は、女と夫のツーショット。次は女とその愛人。そして三枚目には――
「おやおや」
そこには、俺が写っていた。
◆
「どういうことだ?」
「私の夫はあなたを雇ったのよ。私を尾行して証拠を掴むために」
「それは初耳だな」
「あなたは夫の依頼で私を追った。そして、私の愛人もあなたに金を払った。夫にバレないようにするためにね」
俺は写真を指で弾いた。
「つまり、俺は二人から依頼料をもらったわけか」
「そうよ。おかしいと思わない?」
「おかしくて、バーボンを噴き出しそうだ」
「でも、もっとおかしいのはね……この三枚目の写真よ」
女は俺の写真を指で押さえた。
「誰がこれを撮ったと思う?」
俺は口を開かなかった。
「私の夫は、あなたに尾行を頼んだ。でも、あなたの写真を撮れるのは、あなたを尾行した誰かよ」
「なるほど」
「つまり、三人目の男がいるの」
◆
女が店を出た後、俺はもう一杯頼んだ。
「ややこしい話だったな」
マスターがぼそりと言う。
「ややこしいが、よくある話さ」
「それで、結局どうするんだ?」
「どうもしないさ」
俺は三枚目の写真を見つめた。
……そう、この写真を撮ったのは「俺」だった。
俺は夫から依頼を受け、女の行動を追い、彼女の愛人とも取引した。そして、彼女に「三人目の男がいる」と思わせるため、自分の写真を忍ばせたのだ。
女は混乱し、誰が敵で誰が味方かを見失った。
その結果、俺が手にするのは――三重の報酬だ。
バーボンの氷が、静かに溶けた。




