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「雨のあとには」(ヒューマンドラマ)


 雨が降っていた。


 窓の向こうで、濡れたアスファルトが鈍く光る。電線にとまった雀が、身を震わせるたび、小さな雫がぽたりと落ちる。その雫を目で追いながら、由紀は黙ってコーヒーを飲んだ。


 味はしなかった。



 夫が家を出てから、もう半年になる。


 正式な離婚届にはまだ判を押していないが、戻ることはないだろうと彼女は思っていた。最後に交わした会話は、たしか天気の話だった。


「明日、雨が降るらしいよ」


「そうか」


 それだけ。


 彼がいなくなった部屋は妙に広く、すべてが無駄に思えた。二人分のカップ、二人分の椅子、二人分の影。


 ――片方が消えたら、もう片方はどうすればいいのだろう?



 雨が止んだ。


 由紀はカップを置き、玄関に向かった。傘立てには、彼が置いていったままの黒い傘がある。ずっと捨てられずにいた。


 意を決してそれを手に取り、そっと開いてみる。


 すると、内側には無数の白い文字が書かれていた。


「……え?」


 よく見ると、それは彼の筆跡だった。


 文字は小さく、ところどころ滲んでいる。


**「もしもこれを見ているなら、」**


**「たぶん、君はまだ僕のことを考えているんだろう。」**


**「僕は、君が嫌いで出ていったわけじゃない。」**


 由紀は息を呑んだ。


 傘の中に、彼がいた。



 読んでいるうちに、涙が落ちた。


 黒い布地の上に、雨粒のような跡ができる。


**「君のいない世界で、僕はちゃんと生きていけるのだろうか。」**


**「それでも、進むしかないと思った。」**


**「君も、進んでほしい。」**


 由紀は、傘を閉じた。


 そして、外に出た。


 雨上がりの街は、どこまでも静かだった。


(終)


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