「夏のあとさき」(青春)
蝉の声がうるさいほど響いている。
教室の窓から見える空は、どこまでも青かった。
「なあ、覚えてる?」
隣の席の宮沢が、ふと私に話しかけた。
「何を?」
「去年の夏のこと」
私は、手の中のシャープペンを回しながら考える。去年の夏――つまり、高校二年の夏だ。
「……何かあったっけ?」
「やっぱり覚えてないのか」
宮沢は少し寂しそうに笑った。
◆
去年の夏、私は宮沢と付き合っていた。
部活帰りにコンビニでアイスを買って、公園のベンチで溶けかけたそれを食べたり、二人で海へ行こうと計画を立てたり――。
だけど、結局、私はその約束を果たせなかった。
宮沢が、突然、転校したからだ。
◆
「夏のあとさき」という言葉がある。
夏が終わってから、その意味を知ること。
あの夏、私は宮沢の本当の気持ちを知らなかった。
だから、こうして彼が目の前にいることが信じられない。
◆
「……宮沢、なんで戻ってきたの?」
彼は少しだけ笑って、黒板のほうを見た。
「さあ。でも、もう一度やり直せるかなって思って」
「やり直す?」
「うん。俺たちの、あの夏を」
その言葉が、教室の中に静かに沈んでいく。
窓の外では、蝉が鳴いていた。