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いろんなショートストーリー集  作者: 霧崎薫


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「消された昨日」(サスペンス)


 目が覚めた。


 カーテンの隙間から朝日が差し込み、枕元のスマートフォンが6時30分を告げている。私は軽く伸びをして、寝ぼけた頭でスケジュールを確認する。


「今日は……火曜日?」


 いや、違う。昨日も確か、火曜日だったはずだ。


 おかしい。私は昨日、間違いなく火曜日を過ごした。でも、スマホのカレンダーは今日が火曜日だと表示している。


 記憶違い? そんなはずはない。昨日のことを思い返してみる。朝、目覚めて、コーヒーを淹れて、会社へ向かい、上司と打ち合わせをして……


 ……して?


 いや、待て。


 昨日、私は何をした?



 落ち着こう。こういうときは、証拠を探せばいい。私はスマホの通話履歴を開いた。


 昨日、会社の同僚・佐伯と電話をした記憶がある。ならば履歴に残っているはず。


 ――ない。


 じゃあ、LINEのやり取りは?


 ――ない。


 そんなはずはない。昨日の夜、佐伯と「今度のプロジェクト、大変だよね」とメッセージを交わしたはずだ。それがどこにもない。


 私は震える手で、クローゼットを開けた。会社に着ていったはずのブラウスが、洗濯機の中にあるか確認するために。


 ――ない。


 それどころか、洗濯機の中は空っぽだ。昨日の私は、何を着て過ごしていた? 何を食べて、誰と話した?


 何も思い出せない。



「おはよう」


 リビングに入ると、夫の圭介がいつものように新聞を広げていた。


 私は動揺を悟られないよう、ゆっくりと椅子に座る。


「ねえ……昨日って、何曜日だった?」


 何気ないふりをして尋ねると、圭介は怪訝そうに顔を上げた。


「昨日? 月曜日だろ?」


 私は思わず息を飲んだ。


「……え? でも、今日は火曜日だよ?」


「そうだけど?」


「昨日も、火曜日だった気がするの」


 圭介は眉をひそめ、心配そうに私を見つめた。


「……寝ぼけてるんじゃないか?」


 私は笑ってごまかしたが、内心、確信した。


 何かがおかしい。



 会社に着くと、私はこっそり佐伯に話しかけた。


「ねえ、昨日ってさ、私と話したっけ?」


「昨日?」


 佐伯は一瞬考え込み、首を横に振った。


「いや、話してないと思うけど……?」


 私はぞっとした。


「でも、昨日LINEで――」


「LINE? してないよ?」


 佐伯の表情に嘘はない。私の心臓が嫌な音を立てる。


 ――昨日、私は存在していたのか?



 帰宅後、私は圭介が風呂に入っている隙に、彼のスマホを開いた。


 パスコードは知っている。彼に隠し事はないはずだ。


 ――でも。


 通話履歴を遡ると、昨日の記録だけが抜け落ちていた。日曜日と、今日の火曜日の履歴はあるのに、月曜日がない。


 ……いや、違う。


 「火曜日」が二日続いているのだ。


 私は圭介のカレンダーアプリを開いた。そこにはこう書かれていた。


 **「2月13日(火)」**

 **「2月13日(火)」**


 ……昨日と、今日が、同じ日。


 圭介が風呂場でシャワーを止める音が聞こえた。私はスマホを急いで元の場所に戻す。


 ――私は、「今日」をもう一度繰り返している。



「ねえ、圭介」


 眠る前、私は夫の隣でそっと尋ねた。


「もしさ……もし、『昨日』が消えていたとしたら、どう思う?」


「……何の話?」


「たとえば、ある日突然、世界の誰もが覚えていない日があったら」


 圭介は少し沈黙した。そして、静かに言った。


「……そんなの、怖いな」


「うん。怖いよね」


「でも、それって……忘れる側の話だろ?」


 私は息を飲んだ。


 圭介は、私の手をそっと握った。その瞳には、言葉にできない何かが滲んでいた。


「……君は、大丈夫?」


 私は、圭介の手の温もりを感じながら、そっと目を閉じた。


 ――私は、何を「忘れられた」んだろう?


(終)


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