「風鈴の調べ」(ヒューマンドラマ)
風鈴の音色が、夏の終わりを告げていた。
縁側に腰を下ろし、庭を眺める私の耳に、かすかな音が届く。チリンチリン……。風に揺られる風鈴の音は、まるで時の流れを歌っているかのようだった。
「おばあちゃん、お茶どうぞ」
孫の和葉が、湯呑を差し出す。その仕草が、亡き娘の麗子にそっくりで、私は思わずため息をついてしまった。
「どうしたの? 具合でも悪いの?」
「いいえ、ただね……」
私は言葉を濁す。和葉に心配をかけたくはなかった。
目を閉じると、懐かしい記憶が蘇ってくる。麗子が小さかった頃、この縁側で一緒に風鈴を聴いた日々。彼女の澄んだ瞳と、はしゃぐ声。そして、風鈴の音色に合わせて歌った子守唄。
チリンチリン……。
風鈴の音が、過ぎ去った時間を呼び覚ます。麗子が嫁いでいった日。初孫の和葉を抱いた日。そして……麗子との最後の日。
「おばあちゃん?」
和葉の声で我に返る。目を開けると、孫娘の心配そうな顔が目に入った。
「ごめんね、ちょっとぼんやりしてしまって」
私は微笑みを浮かべる。和葉は首を傾げたが、それ以上は何も言わなかった。
チリンチリン……。
風鈴の音が、再び私の心を揺さぶる。
「和葉や、聞こえるかい? 風鈴の音」
「うん、聞こえるよ」
「その音はね、昔から変わらないんだよ」
私は目を細める。風鈴の音色は、まるで時を超えて響いているかのようだった。
「おばあちゃんが子供の頃も、お母さんが子供の頃も、そしてあなたが生まれた時も……いつも同じ音を奏でていたんだ」
和葉は黙って聞いている。彼女の瞳に、麗子の面影を見る。
「風鈴はね、時の流れを教えてくれるんだよ。でもね、大切なものは変わらないってことも教えてくれるの」
私は立ち上がり、風鈴に手を伸ばす。冷たいガラスの感触が、懐かしさを呼び起こす。
「これはね、私の母から譲り受けたものなんだ。そして、あなたのお母さんにも使ってもらった」
風鈴を外し、和葉に手渡す。彼女は驚いた表情を浮かべる。
「えっ、でも……」
「もう、私の時代は終わりに近づいているんだよ。今度は、あなたが大切に使ってほしい」
和葉の目に、涙が光る。彼女は静かに頷き、風鈴を胸に抱きしめた。
チリン……。
風が吹き、風鈴が鳴る。その音は、まるで新しい時代の幕開けを告げているかのようだった。
「さあ、和葉。風鈴を飾りましょう。新しい音色を聴きたいものだね」
孫娘と一緒に立ち上がる私の背中を、夕暮れの風が優しく撫でていった。風鈴の音色が、過去と未来をつなぐ架け橋となって、庭に響き渡る。
そして私は気づいた。大切なものは形を変えながらも、確かに受け継がれていくのだと。それは風鈴の音のように、いつまでも心に残り続けるのだと。




