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「閉ざされた教室」(サスペンス)

 雨が窓を叩く音が、教室に響いていた。午後六時。中学三年生の彩花は、誰もいないはずの教室で一人、机に座っていた。期末試験の答案用紙を忘れたことに気づき、慌てて学校に戻ってきたのだ。でも、何かがおかしい。校舎全体が静かすぎる。


 廊下から足音が近づいてきた。彩花は息を潜め、ドアの影に隠れた。足音は教室の前で止まり、誰かが中を覗き込む気配がした。


「誰かいるのか?」


 低い声が響き、彩花の心臓が跳ねた。声の主は見覚えのある男子だった。同じクラスの拓海だ。彼はびしょ濡れの制服を着て、手に懐中電灯を持っている。


「拓海……? 何してるの?」

「彩花かよ! びっくりした。俺も答案用紙忘れてさ。で、お前、気づいたか? ここ、変なんだ」


 拓海の言葉に、彩花は目を細めた。確かに、校舎に入った瞬間から違和感があった。電気が点かない。携帯の電波も圏外。そして、外の雨音が異様に大きく聞こえる。


「変って、どういうこと?」

「出てみろよ。出口が……ないんだ」


 二人は急いで教室を飛び出し、廊下を走った。非常階段も正門も、全てが壁に塞がれていた。まるで校舎自体がふたりを閉じ込める檻になったかのように。彩花の背筋が冷たくなった。


「何!? どういうことなの、これ!」

「わかんねえよ! でも、さっき屋上から見たとき、外が真っ暗で何も見えなかった。雨だけが降ってるみたいでさ……」


 拓海の声が震えている。彩花は唇を噛み、頭をフル回転させた。こんな状況、普通じゃない。何か理由があるはずだ。


 その時、教室の奥からガタッと音がした。二人は顔を見合わせ、恐る恐る戻った。机の一つが倒れ、その下に黒いノートが落ちている。彩花が拾うと、中には乱雑な字でこう書かれていた。


【逃げられない。見つかる前に隠れろ】


「何これ……誰が書いたの?」

「知るかよ! でも、隠れろってことは……何か来るってことだろ?」


 拓海の言葉が終わる前に、廊下の遠くから金属を擦るような音が響いた。キィ……キィ……。まるで何かが引きずられているような、不気味な音だ。彩花はノートを握り潰し、拓海の手を引っ張った。


「隠れるよ! 今すぐ!」


 二人はロッカーに身を潜めた。息を殺し、暗闇の中で耳を澄ます。音は近づいてきて、教室のドアがゆっくり開く気配がした。彩花の心臓が早鐘のように鳴り、拓海の手が汗で濡れているのがわかった。

 何かが見えた。ロッカーの隙間から、長い影が動いている。人間じゃない。細長くて、腕が異様に多い。彩花は目を閉じ、祈るように息を止めた。影は教室を歩き回り、やがて遠ざかっていった。


「……行ったか?」


 拓海が囁くと、彩花は小さく頷いた。でも、安心する暇はなかった。ノートに書かれた「見つかる前に」という言葉が頭を離れない。見つかったら、どうなるのか?


「拓海、あのノート、もう一回見せて」


 彩花はノートを広げ、次のページをめくった。そこには、さらに不気味な文が続いていた。


「鍵は時計の中。十二時を待て」

「時計? 教室の時計か?」


 二人はロッカーを出て、壁の時計を見上げた。針は十一時五十分を指している。いつの間にそんなに時間が経ったのだろうか。

 十二時まであと十分。彩花は時計の裏に手を伸ばし、探った。すると、小さな金属の鍵が落ちてきた。


「これだ! でも、何に使うの?」

「わかんねえけど、持っとけ。十二時になったら何か起こるはずだ」


 秒針がカチカチと進む音が、雨音に混じって異様に大きく聞こえた。十一時五十九分。彩花と拓海は鍵を握り、息を詰めて待った。そして、十二時ちょうどに、校舎が揺れた。地面が鳴り、窓の外が一瞬明るくなった。


 次の瞬間、教室の床に光る円が浮かんだ。まるで出口のような形だ。彩花は鍵を手に持ったまま、拓海を見た。


「これ、行くしかないよね?」

「ああ。でも、もし罠だったら……」

「考えてる時間ないよ! 来て!」


 彩花が円に飛び込むと、拓海も続いた。光に包まれ、一瞬意識が途切れた。

 目を開けると、二人は校庭にいた。雨は止み、空には星が輝いている。校舎は元の姿に戻り、出口も見えた。彩花の手には鍵が握られたままだった。


「何だったんだ、今の……?」

「わかんねえ。でも、生きてるならいいだろ」


 拓海が笑うと、彩花も小さく笑った。でも、心のどこかで、あの影がまだ見ている気がしてならなかった。鍵をポケットにしまい、二人は急いで家へ向かったのだった。


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