「時計塔の証人」(現代ドラマ)
朝の霧が村を包んでいた。私はコートの襟を立て、広場へ向かう。私の名前はユリ、25歳。村の記録係だ。今日、広場の時計塔が取り壊される。村長が決めたことだ。古い伝統を捨て、新しい時代を迎えるためだって。
広場に着くと、人々が集まっていた。皆、どこか寂しそうだった。時計塔は100年以上、村の時間を刻んできた。私の祖父も、その前も、ずっと。でも、今は止まってる。針は6時で固まり、動かない。
「ユリ、始まるよ」
隣に立つハルが声をかけてきた。彼は鍛冶屋で、私の幼馴染だ。背中に工具を背負ってる。
「うん、見届けなきゃね」
私はノートを取り出し、記録を始めた。
村長が前に出て、宣言した。
「今日、我々は過去を捨て、未来へ進む。協力して、新しい広場を作ろう!」
拍手が起きた。私も手を叩いた。伝統は大事だけど、止まった時計じゃ意味がない。
解体が始まった。ハルがハンマーを手に、時計塔の土台を叩く。ドン、ドン、と音が響く。すると、突然、土台から何か落ちた。小さな金属の箱だ。私は驚いて拾った。
「何これ?」
ハルが近づいてきた。
「開けてみてよ」
私は箱の蓋を外した。中に、古い紙と壊れた懐中時計が入ってた。紙には走り書きで「真実は塔の下に」と書いてある。
「塔の下?」
私は呟いた。ハルと目を見合わせる。
「掘ってみようか」
彼が提案した。私はうなずいた。協力は当たり前だ。
二人で土台の周りを掘り始めた。村人たちは解体に夢中で、誰も気づかない。私は汗をかきながら、スコップを動かした。すると、土の中から木の板が出てきた。ハルがそれを引っ張ると、小さな隠し扉が現れた。
「うそ! こんなのあったんだ!」
驚きが声に出た。ハルが笑った。
「ユリ、開けるよ」
扉を開けると、階段が下に伸びてた。暗くて、湿った匂いがした。私はノートを握り、記録する手が震えた。
階段を降りると、狭い部屋に着いた。壁に古い帳簿が積まれ、中央に木箱があった。私は帳簿を手に取った。100年前の日付だ。村の税金の記録みたい。でも、数字が合わない。隠された支出がたくさんある。
「これ、誰かがお金を横領してたってこと?」
ハルが首をかしげた。私は木箱を開けた。中に、手紙と金貨が入ってた。手紙にはこう書いてあった。
「我が子へ。村長として正義を守るため、真実を隠した。時計塔が壊れぬ限り、誰も知るまい。許してくれ」
署名は、私の曽祖父の名前だった。
「え!? 私の先祖が?」
驚きが全身を貫いた。ハルが肩に手を置いた。
「落ち着いて読んでみてよ」
私は帳簿と手紙を見比べた。曽祖父は村長だった時、税金を一部隠して貧しい家に配ってたらしい。伝統では、税金は全部領主に納める決まり。でも、彼は正義を選んだ。そして、その秘密を時計塔の下に封じた。
「でも、なんで時計が止まったんだろう?」
私は呟いた。ハルが壊れた懐中時計を手に持った。
「これ、動いてた頃の時間じゃない? 6時で止まってる」
私は帳簿の最後のページを見た。そこに「1895年10月15日、6時、領主が来る」と書いてあった。
「まさか……その時、隠したの?」
理解が頭を駆け巡った。曽祖父は領主の査察を前に、証拠を隠し、時計を止めたんだ。
外で、解体の音が止んだ。村長の声が聞こえた。
「ユリ、ハル、どこだ?」
私たちは急いで階段を登った。広場に出ると、時計塔は半分壊れてた。私は村長に走り寄った。
「待って! これ見て!」
手紙と帳簿を見せると、村長は目を丸くした。村人たちも集まってきた。私は説明した。
「昔の村長が、正義のために税金を隠したんだよ。貧しい人を助けるために。時計塔はその証だった」
村長がしばらく黙って、言った。
「そうか……伝統を変える前に、知るべきだったな」
ハルが笑った。
「新しい広場に、この真実を刻もうぜ」
その日から、村は変わった。時計塔の残骸は記念碑になり、曽祖父の話が語り継がれた。私は記録係として、すべてを書き留めた。正義が伝統を超え、革新が村を一つにした。壊れた時計は、もう止まったままじゃない。新しい時間が動き出したんだ。