「観測塔の残響」(SF)
荒野の真ん中に立つ観測塔は、金属とガラスでできた無機質な構造物だった。風が吹くたび、塔の表面に付着した砂が擦れる音が響き、乾いた空気が喉を刺す。入り口の横には、壊れた通信機が転がり、その上に細長い針のような部品が落ちている。塔の頂上には、赤く点滅するランプが一つだけ灯っていた。
「こんな場所で何が観測できるんだ?」
塔の入り口に立つカイが、防塵マスクを外しながら呟いた。彼の声は乾いた風に掻き消されそうだった。
「データベースだと、ここで何かを見つけたらしいよ。記録が途切れてるけど」
塔の壁に手を当てたリコが、タブレットを手に持って答えた。彼女の足元には、さっき拾った小さな金属片が転がっている。
「見つけたって、何をだよ? 砂嵐しかねえじゃん」
カイが笑うと、リコが首を振った。
「わからない。でも、この針みたいな部品、通信機の一部じゃない?」
彼女が地面の針を拾うと、塔のランプが一瞬強く光り、すぐに元に戻った。カイが眉を上げた。
「偶然だろ。さあ、中に入るぞ」
二人は塔の扉を開け、薄暗い内部へと足を踏み入れた。
昼過ぎ、塔の内部は静寂に支配されていた。カイは螺旋階段を登り、リコは一階のコンソールにタブレットを接続していた。通信機の残骸から伸びるケーブルが、埃にまみれて床に這っている。
「この塔、放棄されて何年経つんだろうな。空気まで死んでる感じだ」
カイが階段から声をかけると、リコがコンソールを見ながら答えた。
「記録だと10年。でも、システムはまだ生きてるよ。見て、このログ」
画面に映し出されたデータは、途切れ途切れの文字列で埋まっていた。リコが針をコンソールに近づけると、突然、ノイズ混じりの音声が流れた。
「……残響……観測……異常……」
カイが階段を駆け下りてきた。
「何!? 今、何か喋ったぞ?」
リコが慌ててタブレットを操作すると、音声が繰り返し再生された。
「残響を観測しろって……何だよ、これ?」
その時、塔のランプが激しく点滅し始め、床が微かに振動した。
夕方、荒野に夕陽が沈み、塔の影が長く伸びていた。カイとリコはコンソールの前に立ち、ログを解析していた。音声は断片的で、意味を掴むのが難しい。リコが拾った金属片を手に持つと、コンソールに新たなデータが表示された。
「この金属片、センサーみたいだよ。針と一緒に使えば何か分かるかも」
リコが言うと、カイが通信機の針を手に取った。
「試してみるか。どうせここまで来たんだし」
彼が針を金属片に近づけると、コンソールから鋭い音が鳴り、画面に波形が映し出された。それは規則的なパルスで、まるで信号のようだった。
「これ、宇宙からの通信じゃないか?」
カイが興奮して言うと、リコが目を細めた。
「でも、こんな古い塔で? おかしいよ。もっと調べなきゃ」
その時、塔全体が揺れ、頂上のランプが赤から青に変わった。
夜が訪れ、塔は星空の下で不気味に輝いていた。カイとリコはコンソールのデータを読み解き、波形の正体にたどり着いた。リコが声を震わせて呟いた。
「これ、地球からの信号じゃない。別の星系からだよ。10年前にここで受信してたんだ」
カイが息を呑んだ。
「じゃあ、誰かがこの塔を放棄した理由って……?」
リコが金属片と針をコンソールに接続すると、音声が再び流れ出した。今度ははっきりと。
「我々は残響を送る。応答を待つ。時間は少ない」
塔のランプが青く輝き、振動が強くなった。カイがリコの手を掴んだ。
「応答するのか? どうするんだよ!」
リコがタブレットを手に持つと、画面に「送信」のボタンが点滅していた。彼女が一瞬迷い、ボタンを押した瞬間、塔全体が光に包まれた。音声が途切れ、ランプが消えた。
朝が訪れ、観測塔は再び静寂に包まれていた。入り口の横には壊れた通信機が転がり、針が砂に埋もれている。荒野の風が砂を運び、塔の頂上ではランプが赤く点滅を再開していた。カイとリコの足跡は風に消え、コンソールには新たなログが残されていた。「応答送信完了」。そして、遠くの空で、かすかな光が一瞬だけ瞬いた。