「無人駅の切符」(ホラー)
夜の駅構内は、蛍光灯の冷たい光に照らされていた。ホームの端には、古びた木製のベンチがぽつんと置かれ、その横に一枚の切符が落ちている。風が吹き抜けるたび、線路脇の枯れ草がカサカサと音を立てる。改札の向こうには、錆びついた時計が止まったまま、午後11時を指していた。
「こんな時間に電車なんて来るわけないよな」
ベンチに腰かけたハルトが、ため息混じりに呟いた。彼の手に握られたスマートフォンは、圏外の表示を点滅させている。
「でもさっき、発車のベル鳴らなかった?」
ホームの反対側に立つミサキが、首をかしげた。彼女の足元には、空のペットボトルが転がっている。
「気のせいだろ。この駅、閉鎖されたって聞いてたし」
ハルトが鼻で笑うと、ミサキは少しむっとした顔で彼を見た。
「じゃあ、あの切符はどう説明するの? さっきまでなかったよね」
彼女が指差すと、ハルトもベンチ横の切符に気づいた。薄汚れた紙には、かすれた文字で「終点行き」と書かれている。
「誰かが落としただけだろ。どうでもいいよ」
ハルトが立ち上がり、切符を拾おうとした瞬間、遠くから低い汽笛の音が響いた。二人は凍りつき、互いに顔を見合わせた。
時計の針が動かないまま、夜はさらに深まった。ホームに立つミサキは、線路の暗闇をじっと見つめていた。汽笛の音が聞こえた後、何も起こらない静寂が不気味に感じられた。ハルトはベンチに戻り、切符を手に持って眺めている。
「ねえ、この切符、変じゃない? 日付が今日になってる」
彼が呟くと、ミサキが近寄って覗き込んだ。確かに、かすれたインクで「2月27日」と記されている。
「偶然じゃない? でも、終点ってどこだろう」
ミサキが首をかしげると、ハルトは肩をすくめた。
「知るかよ。閉鎖駅に終点なんかあるわけないだろ」
その時、ホームのスピーカーからノイズが流れ、途切れ途切れの声が響いた。
「……次発……終点行き……まもなく……」
二人は飛び上がり、慌てて周囲を見回した。だが、スピーカーは錆びつき、配線も切れているように見える。
「何!? 何だよ、これ!」
ハルトが叫ぶと、ミサキが彼の腕を掴んだ。
「落ち着いて! 何か来るみたいだよ!」
線路の奥から、かすかに光が揺れ始めた。
深夜、ホームに冷たい風が吹き抜けた。光は徐々に近づき、古びた電車の姿が浮かび上がる。窓は曇り、車体は錆と汚れで覆われていた。電車がホームに停まると、ドアが軋みながら開いた。中は真っ暗で、誰も乗っていない。
「まさか乗るつもりはないわよね?」
ミサキが震える声で言うと、ハルトは切符を握り潰しそうになりながら答えた。
「当たり前だろ。こんな怪しい電車、乗るわけない」
だが、ドアが閉まる気配はなく、車内からかすかな物音が聞こえてきた。ミサキが目を凝らすと、床に転がるペットボトルが目に入った。彼女が落としたものと同じラベルだ。
「ちょっと待って……あれ、私のじゃない?」
彼女が呟いた瞬間、電車の中から低い笑い声が響いた。ハルトが後ずさり、切符を手に持ったまま震えた。
「逃げようぜ、ミサキ。今すぐここから出る!」
彼が叫ぶと、スピーカーが再び鳴り出した。
「終点行き……発車します……」
ドアがゆっくり閉まり始め、電車が動き出す。その時、ハルトの手から切符が風に飛ばされ、車内に吸い込まれた。
電車が去り、ホームに静寂が戻った。ミサキとハルトは改札の方へ走り、駅を出ようとした。だが、錆びた時計が動き出し、針が逆回転を始めた。ホームを見ると、ベンチ横に再び切符が落ちている。
「何だ!? まだなんかあんのか!?」
ハルトが叫ぶと、ミサキが切符を拾い上げた。そこには「2月27日」と書かれ、行き先はやはり「終点行き」。
「これ、私たちが乗らなかったから……?」
ミサキが呟いた瞬間、再び汽笛が鳴り響き、電車がホームに戻ってきた。今度はドアが開かず、窓から二人の姿が映り込んだ。だが、その姿は彼らではなく、茫然と立ち尽くす別の二人だった。
「逃げて!」
ミサキが叫び、ハルトの手を引いて走り出した。背後で電車のドアが開き、笑い声が追いかけてくる。
朝が訪れ、駅は再び静まり返っていた。ホームのベンチ横には、一枚の切符が落ちている。線路脇の枯れ草が風に揺れ、改札の時計は午後11時を指したまま止まっていた。遠くから汽笛が響き、ホームに誰もいないことを確かめるように消えていく。そして、切符の表面には、新たな日付が刻まれていた。




