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いろんなショートストーリー集  作者: 霧崎薫


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「閉ざされた部屋の音」(ホラー)

 薄暗い部屋の中、窓の外から聞こえる雨音が静寂を埋めていた。古びた木造の別荘は、湿った空気をまとって軋むような音を立てている。テーブルの上には、埃をかぶったランプが微かに揺れ、壁には一本の長い髪の毛が貼りついていた。窓辺に置かれた古いラジオからは、時折雑音が混じるだけの沈黙が流れている。

 「本当にここで一晩過ごすつもり?」

 ソファに腰かけたユウコが、不安そうに眉を寄せた。彼女の手には、さっきまで読んでいた旅行ガイドが握られている。

 「しょうがないだろ。車が故障して、雨もこんなだし」

 窓際に立つケンジが肩をすくめた。彼の声には苛立ちが滲んでいる。テーブルの隅に置かれた車のキーが、まるで嘲笑うように鈍く光っていた。

 「でもさ、この別荘……なんか変な感じしない?」

 ユウコが小さく呟くと、ケンジは鼻で笑った。

 「変な感じって、お前が怖がりすぎなだけだろ。ほら、壁の髪の毛だって、前の客が残しただけだよ」

 彼はそう言って、壁に貼りついた髪の毛を指でつまみ、床に落とした。黒い一本の髪は、まるで生き物のように床を這うように転がり、暗がりに消えた。

 「……気持ち悪い」

 ユウコが身を震わせると、突然、ラジオから低い唸り声のような音が響いた。二人は顔を見合わせ、息を呑んだ。

 「ただの雑音だよ。古い機械なんだからさ」

 ケンジが強がるように言うと、ユウコは頷きつつも目を逸らさなかった。雨音が一層強くなり、窓ガラスを叩く音が部屋に響き渡る。

 夜が深まるにつれ、別荘の中は冷え込みを増した。ユウコはソファに毛布を被り、目を閉じようとしていたが、耳に届く音が気になって仕方なかった。雨音、木の軋み、そして時折聞こえるラジオの雑音。どれもが不規則で、眠りを遠ざける。

 「ねえ、ケンジ。さっきの髪の毛、どこ行ったか知らない?」

 ユウコが小声で尋ねると、窓際に座っていたケンジが振り返った。

 「知らないよ。床に落ちただけだろ。どうでもいいだろ、そんなこと」

 彼の声には苛立ちが混じっている。だが、その時、ユウコの視線がテーブルの上に止まった。車のキーの隣に、一本の長い髪の毛が置かれている。

 「ちょっと待って……これ、さっきのじゃない?」

 ユウコが震える声で言うと、ケンジが近づいてきた。確かに、それは壁に貼りついていたものと同じように見えた。細く、黒く、異様に長い。

 「おかしいな……風でも動いたのか?」

 ケンジが呟きながら手を伸ばすと、その瞬間、ラジオから鋭いノイズが爆発的に響き、二人は飛び上がった。

 「何!? 何だよ、これ!」

 ケンジが叫びながらラジオに駆け寄る。スイッチを切ろうとするが、どれだけボタンを押しても音は止まらない。それどころか、ノイズの中に人の声のようなものが混じり始めた。

 「……出て……出て……」

 途切れ途切れの囁きが、雨音と混ざり合って部屋を満たす。ユウコは毛布を握り潰し、震えながらケンジを見た。

 「やめてよ、ケンジ! 何かおかしいって!」

 「わかってるよ! でもどうすりゃいいんだ!」

 ケンジがラジオを叩きつけると、ようやく音が止まった。だが、静寂が戻った瞬間、床の下から微かな擦れる音が聞こえ始めた。

 深夜を過ぎ、雨は小降りになっていた。ユウコはソファに縮こまり、ケンジは床に座り込んでいた。擦れる音は止まず、まるで何かが這うような不気味なリズムを刻んでいる。

 「ねえ、もう車直して外に出ようよ……このままじゃ怖すぎる」

 ユウコが涙声で言うと、ケンジは疲れ切った顔で頷いた。

 「わかった。鍵取ってくる」

 彼が立ち上がり、テーブルの上を見た瞬間、凍りついた。車のキーが消えている。代わりに、そこには一本の髪の毛が丸く巻かれた状態で置かれていた。

 「……何だこれ」

 ケンジが呟いた瞬間、床の下の音が一気に大きくなった。ドン、ドン、と何かが叩く音。そして、ラジオが再び勝手に鳴り出し、今度ははっきりと声が響いた。

 「出て行け!」

 二人が悲鳴を上げる中、部屋の壁が揺れ始めた。髪の毛が床を這い、テーブルを這い、まるで意思を持ったように動き回る。ユウコが立ち上がろうとした瞬間、足首に冷たい感触が絡みつき、彼女を床に引き倒した。

 「助けて! ケンジ!」

 彼女の叫びに応えようとしたケンジだったが、彼の足元にも黒い髪が這い上がり、動きを封じた。部屋中が髪の毛で埋め尽くされ、ラジオの声が哄笑に変わる。

 朝が訪れ、雨は完全に止んでいた。別荘の窓辺に置かれたラジオは、再び静寂を取り戻していた。部屋の中は元の静けさに戻り、テーブルの上には車のキーが置かれている。だが、ユウコとケンジの姿はどこにもなかった。

 ただ、壁に一本の長い髪の毛が貼りついているだけだ。窓の外から微かに聞こえる雨音のような音は、実は別の何かの響きだったのかもしれない。そして、ラジオのスイッチが、誰の手も触れていないのに、かすかに動き始めた。

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