『雨傘の約束』(現代悲恋)
駅前の古い傘屋は、今日で閉店する。店内には修理を待つ傘が数本並び、レジ横の水槽では金魚が悠々と泳いでいる。入口の古い風鈴が、時折微かな音を奏でていた。
「あの傘、まだありますか?」
突然の来客に、私は懐かしさで胸が締め付けられた。
「よく覚えてらしたわね」
私は奥の棚から、赤い傘を取り出した。10年前に預かったままの傘。持ち主の青年は、取りに来る約束をしたきり、姿を見せなかった。
「妹が、兄の形見として持っていた傘だと聞きまして」
訪ねてきた女性は、10年前の青年にどこか面影が似ていた。
「そうでしたか……」
私は言葉を詰まらせた。
「実は、兄は10年前の今日、事故で」
風鈴が、切ない音を響かせる。
「この傘には、手紙が入っているんです」
女性の言葉に、私は傘を開いてみた。骨の内側に、小さな封筒が隠されていた。
「兄は、好きな人に渡すつもりだったそうです」
私の手が震える。封筒には「雨の日の約束」と書かれていた。
「あの日も、雨でしたね」
水槽の金魚が、ゆらゆらと泳ぐ。
「手紙、開けてもいいですか?」
女性が静かに頷く。私は恐る恐る封筒を開けた。
『傘の修理、ありがとう。実は、毎週わざと壊して持ってきていました。あなたと話すために』
目の前が滲んでいく。
『今日、想いを伝えようと思います。この傘の下で』
手紙の最後には、プロポーズの言葉が添えられていた。
「兄は、あなたのことを」
女性の声が途切れる。外で雨が降り始めた。
「この傘は、お返しします」
私は静かに傘を差し出した。
「いいえ、きっと兄は、あなたに使ってほしいと」
風鈴が再び鳴る。女性は微笑んで店を出ていった。
私は赤い傘を広げ、10年分の想いを胸に通りに出た。雨は、優しく傘を叩いていた。水槽の金魚は、今日も悠々と泳ぎ続けている。




