『月光の織り手』(ファンタジー)
山小屋の窓辺に置かれた機織り機は、月の光を浴びてかすかに輝いていた。祖母から受け継いだその機織り機には、半分だけ織られた布が掛かっている。壁の柱時計は午前0時を指そうとしていた。糸箱の中には、銀色に光る不思議な糸が一本残されている。
「この機織り機で布を織ってはいけないのよ」
祖母の言葉が蘇る。でも、今夜が最後の満月。私は決意を固めて、機織り機に向かった。
「お客様をお待ちしておりました」
突然聞こえた声に振り返ると、月光のように白い着物を纏った老婆が立っていた。
「あなたが……月の織り手?」
老婆は微笑むだけで、ゆっくりと近づいてきた。その足音は聞こえない。
「その糸は、百年前に私があなたの祖母に託したもの」
老婆の指先が、銀色の糸に触れる。
「でも……やはり織ることはできません」
私は首を振った。
「織らねば、月は永遠に沈むことになる」
老婆の言葉に、私は息を呑んだ。窓の外では、満月が不自然なほど大きく輝いている。
「祖母は、どうして織らなかったの?」
「彼女には、守るべき人がいた」
老婆の目が、私の胸元の写真立てに向けられる。そこには、幼い私と祖母の笑顔が収められていた。
「さあ、決めなさい」
柱時計が、重たい音を響かせる。
「月を救うか、それとも……」
私は静かに立ち上がり、銀色の糸を手に取った。
「わかりました……織らせていただきます」
機織り機が月の光を浴びて輝き出す。私の指が動くたび、銀色の糸が光の模様を織り出していく。
「ああ、月が……」
窓の外で、満月が徐々に小さくなっていく。
「これで、月は永遠に昇り続けることができる」
老婆の姿が、月光と共に薄れていく。
「あなたは、祖母より賢明でしたね」
最後の一節を織り終えた時、柱時計は0時を打った。出来上がった布には、月と星々の輝きが永遠に封じ込められていた。
「さようなら」
私は写真立ての祖母に微笑みかけた。窓の外では、新しい月が静かに昇り始めていた。




