『複写される魂』(ファンタジー)
魔法図書館の奥深くで、司書の少女は古い手記を読んでいた。
「これは……」
ページをめくる手が、わずかに震える。
そこには、「自己複製魔法」と呼ばれる禁術の記録が残されていた。自分自身を無限に複製できる魔法。しかし、その代償として、オリジナルの存在が希薄になっていくという。
「私は、私でなくなる……?」
少女の名は綾。十六歳で最年少の司書補として、この図書館に勤めていた。
手記の著者は、かつて偉大な魔法使いとして知られた賢者。しかし、この魔法を完成させた直後に姿を消したという。
「複製は、完全な複製ではない」
手記にはそう記されていた。
「それぞれの複製は、わずかに異なる個性を持つ。それは、フラクタル図形のように、全体の中に部分が存在し、その部分にまた全体が含まれるような……」
綾は、その言葉の意味を考えた。
図書館の古時計が、深夜零時を告げる。
「試してみる?」
突然、背後から声がした。振り返ると、そこには自分自身が立っていた。
「え……?」
「私は、あなたの無意識が作り出した最初の複製よ」
もう一人の綾が、静かに微笑む。
「でも、どうして? 魔法を唱えていないのに」
「願望が強すぎると、魔法は自然発動することがある。あなたの心の奥底で、この魔法を試したいという思いが膨らんでいたの」
複製された綾は、本棚に手を伸ばした。
「私たちは、同じ記憶を持っている。でも、少しずつ違う」
その言葉通り、動作や表情にわずかな違いが見られた。
「私は、本当の私なの?」
綾の問いに、複製は首を傾げた。
「本当の自分って、何かしら?」
その瞬間、新たな複製が現れ始めた。三人目、四人目……。それぞれが、わずかに異なる個性を持っている。
「私たちは皆、綾という存在の一部」
複製たちが、異口同音に語りかける。
「でも、それは本当の私じゃない」
綾は、震える声で言った。
「私は、一人の人間として存在したい」
「でも、人は常に変化している」
複製の一人が答える。
「昨日の私と今日の私は、既に別人。私たちは、その変化を目に見える形にしただけ」
図書館の空間が、複製たちで満たされていく。それぞれが本を手に取り、読み、考え、存在している。
「これが、私という存在の全て……?」
綾は、自分の手のひらを見つめた。それは確かに実体として存在している。しかし、その意味は次第に曖昧になっていく。
「私たちは、無限の可能性の中の一つの現れ方に過ぎない」
複製たちの声が、重なり合う。
「だとしても……」
綾は、強く握り締めた手を胸に当てた。
「この鼓動は、私だけのもの。この感情は、他の誰のものでもない」
その言葉に、複製たちが静かに頷いた。
「そう。だからこそ私たちは存在する。あなたという存在の、無限の側面として」
時計の針が、新たな時を刻み始める。
「私は、私たちの中のたった一人の私」
綾は、複製たちに向かって宣言した。
「それが、私のアイデンティティ」
その瞬間、複製たちが光となって散りばめられた。それは、夜空の星々のように、綾の中で輝きを放っている。
手記の最後のページには、こう記されていた。
「真の自己とは、無限の可能性の中から選び取る、たった一つの答え」
図書館の窓から、朝日が差し込み始めていた。
綾は、静かに手記を閉じた。鏡に映る自分の姿は一つだけ。しかし、その瞳の中には、無数の可能性が輝いていた。
「私は私。それ以上でも、それ以下でもない」
その言葉は、新たな魔法の始まりのように響いた。




