表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/237

「永遠の庭」(現代ファンタジー)


 都会の片隅にある実験植物園で、研究員の田中は不思議な現象と向き合っていた。


「また増えています」


 助手の木下が、温室の中央に置かれた鉢を指さした。


「ええ。この植物の成長パターンは、既知の生物学的法則では説明できません」


 鉢の中では、淡い紫色の花を咲かせる植物が育っていた。一週間前には一輪だった花が、今では三輪に増えている。しかし不思議なことに、茎は一本のまま。


「まるで、時間を超えて咲いているようです」


 木下が観察ノートを開く。


「最初の花が枯れる前に次の花が咲く。でも、枯れた花は消えない。新しい花と同時に存在し続ける」


「生と死が、同じ空間に共存している……」


 田中は、この植物を「永久花」と名付けていた。


「でも、これは自然界の摂理に反します」


 木下が不安そうに言った。


「そうですね。でも、私たちの『摂理』という概念自体が、限定的なのかもしれません」


 田中は、温室の湿度を確認しながら続けた。


「生命とは何か。時間とは何か。この植物は、そんな根源的な問いを投げかけているように思えます」


 その日の午後、二人は詳細な観察を続けた。


「花びらの細胞構造が変化しています」


 顕微鏡を覗きながら、木下が報告する。


「枯れているはずの細胞が、新しい細胞と共生関係を築いているようです」


「死と再生の境界線が、曖昧になっている……」


 田中は、長年の研究生活で初めて感じる戸惑いを覚えていた。


「私たちは、生命を直線的な時間軸で理解しようとしてきました。誕生があり、成長があり、そして死がある」


 温室の窓から、夕陽が差し込んでいた。


「でも、この植物は違う。過去と現在と未来が、一つの茎の上で交差している」


 木下は、黙って頷いた。


 夜になり、二人は交代で観察を続けた。月明かりの中、永久花は淡く光るように見えた。


「不思議です」


 木下が呟いた。


「何が?」


「この植物を見ていると、時間の流れが違って感じられます。まるで、永遠の一瞬を見ているような」


 田中は、自身の研究ノートを開いた。


「私たちは、科学的な実証を追求してきました。でも、この植物は数値化できない真実を示しているのかもしれない」


 翌朝、新たな発見があった。


「花の色が変化しています」


 最初に咲いた花が、より深い紫色に変わっていた。


「まるで、時間の深さを表現しているようです」


 田中は、一つの仮説を立てた。


「この植物は、私たちの時間概念を否定しているのではありません。むしろ、より豊かな時間の在り方を示しているのでは」


 木下は、観察ノートに新たな項目を書き加えた。


「存在の連続性について、ですね」


「そう。生命は、直線ではなく、螺旋のように進んでいく。過去は失われるのではなく、現在の中に生き続ける」


 その考えは、従来の生物学を超えた、新たな生命観を示唆していた。


 一ヶ月後、永久花は七輪の花を咲かせていた。それぞれが異なる時間を表現しているかのように、微妙に色合いが違う。


「私たちは、この植物から何を学ぶべきなのでしょうか」


 木下の問いに、田中はゆっくりと答えた。


「おそらく、生命の持つ無限の可能性です。そして、時間という概念の再定義を」


 温室の中で、永久花は静かに成長を続けている。それは、科学と哲学の境界線上で咲く、永遠の問いかけのような存在だった。


「この研究は、終わりのない旅になるでしょう」


 田中は、新しい観察ノートを開いた。それは、無限に続く生命の神秘を記録する、最初の一頁となるはずだった。


 永久花は、今日も新たな花を咲かせている。それは、存在することの意味を問い続ける、静かな挑戦のように見えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ