『賭けの果ての永遠』(現代ファンタジー)
夕暮れ時の遊園地。観覧車の最上部で、少女は不思議な老人と向かい合っていた。
「ゲームを始めましょうか、椎名さん」
老人は、金色の砂時計を取り出した。
「これが、本当に『永遠』を賭けたゲームなんですか?」
高校生の椎名は、半信半疑で尋ねた。
「ええ。ルールは単純です。あなたは三つの選択肢から一つを選ぶ。その結果次第で、永遠の命を得ることができる」
老人の手元には、赤、青、緑の三つのカードが広げられていた。
「でも、それぞれのカードがもたらす結果は分からないんですよね?」
「その通り。ただし、ヒントは与えよう」
老人は砂時計をひっくり返した。
「赤は『愛』に関係している。青は『知識』、そして緑は『時間』だ。選択の時間は砂が落ちきるまで」
椎名は考え込んだ。この状況は、ゲーム理論でいう「不完全情報ゲーム」に似ている。各選択の結果が不確実な中での意思決定……。
「一つ質問していいですか?」
「構わないよ」
「なぜ、私が選ばれたんですか?」
老人は穏やかな笑みを浮かべた。
「それは、あなたが『実験』だからです」
「実験?」
「人は永遠を手に入れる機会を得たとき、どのような選択をするのか。それを検証する実験です」
観覧車はゆっくりと回り続けている。夕陽が地平線に沈みかけていた。
「これまで何人の人が、このゲームに参加したんですか?」
「無限に近い数です。しかし、正解にたどり着いた者はいない」
椎名は眉をひそめた。
「それは、正解が存在しないということですか?」
「いいえ。正解は確かに存在します。ただし……」
老人は言葉を切った。
「残り時間は少なくなってきましたよ」
椎名は三枚のカードを見つめた。愛、知識、時間――。それぞれが永遠との関係性を持っているはずだ。
「永遠の命を得て、何をしたいですか?」
老人の問いに、椎名は即答した。
「世界の真理を知りたいです」
「なるほど。では青を選びますか?」
「いいえ」
椎名は微笑んだ。
「私の選択は、緑のカードです」
老人の表情が変化した。
「理由を聞かせてください」
「このゲーム自体が、時間に関する実験です。愛も知識も、時間があってこそ意味を持つ。だから、時間こそが最も根源的な要素のはず」
老人は静かに頷いた。
「さらに言えば」
椎名は続けた。
「このゲームには、ナッシュ均衡が存在します。全てのプレイヤーが合理的な選択をするなら、必然的に導かれる解があるはずです」
「素晴らしい推論です。しかし……」
砂時計の砂が、最後の一粒を落とした。
「残念ながら、不正解です」
椎名の表情が曇った。しかし、老人は優しく微笑んでいた。
「ですが、あなたは全てのプレイヤーの中で、最も本質に近づきました」
「本質?」
「永遠とは、単なる時間の無限の連続ではありません。それは、一瞬一瞬の中に存在する無限の深さなのです」
老人は立ち上がった。観覧車は、頂点で静止していた。
「最後にもう一度、選択の機会を差し上げましょう」
老人は、新たなカードを取り出した。それは、虹色に輝いていた。
「これは?」
「全ての要素を包含するカード。永遠の本質です」
椎名は、ゆっくりとそのカードに手を伸ばした。
「このカードを選ぶということは……」
「ええ。あなたは『今、この瞬間』を選んだのです」
その瞬間、世界が光に包まれた。
椎名が目を覚ますと、観覧車は通常通り動いていた。老人の姿はなく、夕暮れはまだ続いている。
「夢だったの?」
しかし、彼女の手の中には、一枚の虹色のカードがあった。そして不思議なことに、夕陽は沈みかけたままで、時が止まったように見えた。
「永遠は、時間の外にあるんじゃない。一瞬の中にこそ、永遠が存在するんだ」
椎名はつぶやいた。観覧車は、終わりのない夕暮れの中をゆっくりと回り続けている。それは永遠の一瞬であり、無限の深さを持つ瞬間だった。
その日から、椎名は世界を違った目で見るようになった。日常の何気ない瞬間の中に、永遠の輝きを見出すようになった。それは、老人の言う「実験」の本当の目的だったのかもしれない。
永遠を求めて無限の選択肢の中から答えを探す人々へ。正解は、意外にも身近なところにあったのだ。