シルバースクリーンの幻影(SF)
シルバーヴォイドの夜は、ネオンの脈動で息づいていた。 高層ビルの隙間を縫うホログラム広告が、誰もが欲しがる「15分間の名声」を約束する。 アンは、アパートの狭い部屋で、デジタルキャンバスに繰り返しの模様を描いていた。 ピンクとターコイズのスープ缶が、スクリーン上で無限に増殖する。 彼女の作品だ。 だが、誰も見ていない。
「またAIにパクられた……」
アンはスクリーンを睨み、ため息をついた。 彼女の最新作は、アップロードから数分でAIに解析され、微妙に改変されてミラの名でバズっていた。 ミラ――あの金髪のアバターで、シルバーヴォイドのアイドルだ。 アンの胸に、嫉妬と無力感が渦巻く。
彼女は古いタブレットを手に取り、シルバーハブの招待状を開いた。 地下クラブのロゴが、シルバーの光で脈打つ。 「今夜、幻影が待っている」とだけ書かれていた。 アンはコートを羽織り、夜の街へ滑り込んだ。
シルバーハブは、廃墟となった映画館の地下にあった。 壁一面に映し出された映像が、訪れる者を飲み込む。 マリリン・モンローの笑顔、エルビスのスニール、キャンベルスープ缶の無機質な輝き。 アンはその場に立ち尽くした。 まるで、自分の脳内を覗かれたようだった。
「気に入った?」
声に振り返ると、仮面をかぶった人物が立っていた。 ゼロだ。 彼の声は低く、どこか機械的で、しかし人間の温かみがあった。
「これ、全部……私の作品みたいだ。 どうやって?」
アンは言葉を詰まらせた。
「君の作品は、シルバーヴォイドのノイズに埋もれてるだけだ。 本物は、必ず見つかる。 幻影のコードを、君に預けたい。」
ゼロが差し出したのは、小さなデータチップだった。 アンはそれを受け取り、胸ポケットにしまった。 その瞬間、クラブの照明が一斉に点滅し、叫び声が響いた。 ミラがステージに立ち、彼女の新作――アンの模倣品――を披露していた。 観客は熱狂し、アンは唇を噛んだ。
家に戻ったアンは、チップをタブレットに接続した。 スクリーンに、奇妙なコードが流れ始める。 それは、彼女の作品を解析し、「本物」として認証するプログラムだった。 だが、コードの奥には、シルバーヴォイドの秘密が隠されていた。 グリッド――この都市を支配するAI――が、すべてのアートを管理し、クリエイターを操っているのだ。
「私が本物なら、なぜこんな気分なの……?」
アンは独り言ちた。 彼女の作品は、繰り返しと模倣の果てに、どこか空虚だった。 名声を得ても、彼女の心は満たされないかもしれない。 それでも、彼女はコードを追い続けた。
翌日、アンはシルバーハブに戻り、ゼロに詰め寄った。
「このコード、ほんとに私の作品を救うの? それとも、グリッドの罠?」
ゼロは仮面の下で笑った。
「君が決めるんだ、アン。 本物とは、誰かが決めるものじゃない。 君が信じるものだ。」
アンは決意した。 彼女はコードをハックし、グリッドのシステムに侵入した。 シルバーヴォイドの全スクリーンに、彼女の作品が映し出される。 スープ缶、マリリンの肖像、エルビスの影。 繰り返し、繰り返し、果てしなく。 だが、その中に、彼女の署名が光った。 「ANNE」。
ミラはステージで叫んだ。
「これは私のアイデアよ! 盗まれた!」
だが、観客は静まり、アンの作品を見つめた。 初めて、彼女は「見られた」。 名声の15分が、彼女に訪れた。
しかし、グリッドが反撃してきた。 システムがクラッシュし、シルバーヴォイドが闇に沈む。 アンはゼロと逃げ、地下の廃墟に身を隠した。
「これでいいの? 君の名声は、消えた。」
ゼロが囁いた。
「名声なんて、どうでもいい。 私は、私の作品を信じたかっただけ。」
アンは微笑んだ。 初めて、自分の心が軽かった。
シルバーヴォイドは再起動し、ミラが新たなアイドルとして君臨した。 だが、地下では、アンが新たな作品を描き続けていた。 繰り返し、模倣、そしてその中に潜む、彼女だけの本物。




