「沈黙臓器(しじまのぞうき)」(サスペンス)
「あなたの体内には今まで発見されていない未知の臓器がふたつあります」
そう告げた医師の声は穏やかで、けれど部屋の空気は急激に冷えた気がした。
「それは……どういう意味ですか?」
答える前に、医師は机の上のカルテを軽く叩いた。医療用語がびっしりと並ぶその中に、赤いペンで記された円がふたつ、ぼんやりと浮かんで見えた。
「臓器そのものの構造は、既存のどれにも該当しません。腎臓でも肝臓でもないし、腫瘍でもない。形状はやや左右対称で、位置は横隔膜のすぐ下、脾臓と胃のあいだです」
画像を見せられた。MRI画像のモノクロの闇の中に、確かにそこには“何か”が存在していた。
「自覚症状も、異常値も、今のところはないんですよね?」
「ええ……少なくとも、今までは」
医師は何かを決断するようにうなずいた。
「……ただ、この臓器、音を出しているんです」
「音?」
「はい。ごく微細な、低周波の振動。まるで……共鳴しているような」
それを聞いた瞬間、私の脳裏に奇妙な記憶がよみがえった。数週間前から、就寝前に必ず耳鳴りがしていた。一定のリズムで、鼓膜の内側に響く“音”。
コツ、コツ、コツ。
あれは耳鳴りじゃなかったのか。
病院を出たあと、私はしばらく人気のない公園のベンチに座っていた。冬枯れの木々が、どこか遠くの鼓動のように揺れていた。
(どうして私だけに、そんな臓器が?)
携帯を取り出して調べてみた。もちろん、どこにも“未知の臓器”の話なんて載っていない。唯一見つけたのは、十年前の海外のフォーラムにあった匿名の投稿。
――「胸の内側で音が鳴る。医者に診せたら“第二の心臓”と言われた。でも、私は知っている。それは心臓なんかじゃない。何かを呼んでるんだ」――
そこまで読んだ瞬間、携帯が突然フリーズした。
同時に、再び胸の奥で“コツ、コツ”と音が鳴った。
それは明確に、**返事をしている**ように感じられた。
自宅に戻ると、部屋の空気が違っていた。何かがいる。目には見えないが、存在している。
(もしかして、この音に、誰か……いや、“何か”が応えている?)
私は部屋の中央に立ち、胸に手を当てた。鼓動とは異なる、ふたつのリズムが感じられた。
――コン、コッ……コン、コッ。
それはまるで、通信だった。
(聞こえるの? 誰?)
私は声に出さず、心のなかで問いかけた。
次の瞬間、部屋の明かりが一斉に落ちた。
目の前の空気が震え、そこに“文字”が浮かび上がった。
≪覚醒完了 第二器官起動≫
続けて、声が――いや、頭の中に直接、言葉が流れ込んできた。
「あなたの体は、人類の設計ミスです。私たちは、修正のために存在しています」
「……あなたたちは、誰?」
「私たちは“沈黙臓器”。目に見えず、声もなく、ただ存在を知らせる装置です。あなたのような人間にだけ、聞こえるのです」
「何を……知らせるの?」
「終わりの訪れです」
その瞬間、私の視界が上下に割れた。鏡のように、もう一人の私がこちらを見つめていた。
彼女は笑っていた。
「目を覚ましたのね」
私は、私を見ていた。
彼女の胸もまた、コツ、コツと打っていた。左右にふたつの臓器の鼓動が、共鳴していた。




