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いろんなショートストーリー集  作者: 霧崎薫


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「会話という名の迷宮」(思考実験)

## 第一幕


青い電球の下、向かい合うように置かれた二脚の椅子。A氏とB氏はそこに座っていた。空気は淀んでいた。


**A氏**「私たちは常に永遠の時間を持っているように振る舞うけれど、実際には砂時計の最後の一粒が落ちるまでの猶予しか与えられていないんだ。それなのに私たちは何をしている?互いに見つめ合い、言葉という名の石を投げ合っている。確かに言葉は石のように固く、時には相手を傷つけるけれど、同時に水面に落とせば美しい波紋を描く。そんな矛盾を抱えながら、私たちは毎日を生きている。君はどう思う?この世界の終わりが明日だとしても、私たちは今日と同じように過ごすだろうか?それとも何か特別なことをするだろうか?私はね、変わらないと思うんだ。人間というのは、終末が目前に迫っていても、いつも通りのコーヒーを飲み、いつも通りの会話をして、いつも通りのベッドで眠るものだから。なぜなら、それが私たちの本質だからだ。変化を恐れる生き物。それが私たちなんだ。」


**B氏**「あなたのその言葉、まるで霧の中で手探りしているようで、どこか儚いものを感じさせますね。でも、私はあなたとは違う見方をしています。終わりが見えたとき、人は本当の自分に気づくのではないでしょうか。日常という仮面を脱ぎ捨て、心の奥底に隠していた本当の願いと向き合う。そう、雨の後の空気のように、すべてが澄み渡るんです。あなたがコーヒーとベッドの話をしましたが、それは単なる慣習ではなく、本当に大切なものだからこそ、最後の日にも選ばれるのではないでしょうか。私たち人間は変化を恐れるのではなく、むしろ意味のない変化を拒否するのです。私が今、この場所であなたと話しているのも、きっと意味があるからです。あなたは覚えていませんか?あの夏の日、私たちが初めて出会ったとき、空には七色の雲が浮かんでいました。あれは偶然ではなかったのです。すべては繋がっている、そう信じたいのです。」


**A氏**「七色の雲か...記憶の中で色あせないものもあるんだな。面白いね、君の言う「意味のある変化」という概念は。でも、その「意味」を決めるのは誰だろう?神様?運命?それとも私たち自身?私は思うんだ、意味というのは後付けで作られるものなんじゃないかと。川の流れのように、私たちの人生は前にしか進まない。けれど、理解は後ろ向きにしか得られない。だから私たちは過去を美化したり、意味を見出したりする。あの夏の日の七色の雲も、もしかしたら単なる大気中の水蒸気と光の屈折現象に過ぎないのかもしれない。それでも君はそこに意味を見出した。それが人間の素晴らしいところであり、同時に哀しいところでもある。現実は冷たく、無機質で、意味などないのに、私たちは必死に意味を探し求める。まるで砂漠で水を探すように。でも、時々思うんだ...もし本当に意味などなかったとしても、それはそれで構わないんじゃないかと。意味のない世界も、悪くはないと思うんだ。」


**B氏**「あなたの言葉は時に刃物のように鋭く、私の心を切り裂きます。でも同時に、その鋭さが真実に近づく道具でもあることを認めざるを得ません。そうですね、意味は後付けかもしれない。でも、それを知りながらも意味を見出す行為自体に価値があるのではないでしょうか。砂漠で水を探す比喩を使いましたが、水が見つからなくても、探す過程で見る景色、感じる風、出会う人々...それらが旅の意味になるのではないでしょうか。あの日の七色の雲が科学的現象だったとしても、私たちがそれを見て感じたものは確かに実在したのです。あなたは覚えていないかもしれませんが、その日、あなたは私の手を取り、「この瞬間を永遠に覚えていたい」と言いました。そして、あの約束...。いいえ、もう過去のことです。今、私たちの前には新しい道が広がっています。暗く、険しいかもしれませんが、一緒に歩めば何かが見えてくるかもしれません。あなたの言う「意味のない世界」も、二人で見れば意味が生まれるかもしれないのです。」


## 第二幕


二人の間にある見えない壁。部屋の温度が少し下がったように感じられた。


**A氏**「約束か...懐かしい言葉だ。人生は約束と裏切りの繰り返しなのかもしれないね。でも、君の言うように、一緒に歩むという選択肢もある。ただ、私が恐れているのは、その「一緒に」という幻想が崩れた時の孤独感だ。人は誰しも最後は一人で死んでいく。その厳然たる事実の前では、どんな約束も色あせてしまう。それでも君は手を差し伸べてくれる。それが君の優しさであり、同時に残酷さでもある。なぜなら、その手を握れば握るほど、いつか来る別れが辛くなるから。だから私は迷うんだ、今この瞬間の温もりを選ぶべきか、それとも未来の痛みを避けるべきか。でも、ふと思い出すよ。あの夏の日、七色の雲の下で、私たちが見た風景を。あの時、世界は美しかった。一瞬でも、永遠でもあった。そして、もしかしたら、そのような瞬間のためだけに私たちは生きているのかもしれない。」


**B氏**「あなたの言葉には常に二面性があります。優しさと冷たさ、希望と絶望、それらが絡み合って独特の音色を奏でる。そう、私たちは最後には一人で死ぬかもしれない。でも、それまでの道のりを一人で歩む必要はないのです。手を繋ぐことで増す別れの痛み...それを恐れるあまり、今この瞬間の温もりを拒絶するのは、生きることそのものを拒絶しているようなものではないでしょうか。あの夏の日から10年、あなたと私は様々な形で繋がり、そして離れてきました。時には言葉で傷つけ合い、時には沈黙で距離を置き、それでも何かに引き寄せられるように、またこうして向かい合っている。これが運命というものでしょうか、それとも単なる偶然でしょうか。どちらにせよ、私は今、この瞬間を大切にしたいのです。あなたの目に映る私は、10年前と同じでしょうか?それとも、時間という名の彫刻家によって、違う形に変えられてしまったのでしょうか?私はあなたの中の変わらない何かを探しています。それは愛かもしれないし、または単なる慣れ親しんだ感覚かもしれません。でも、それを見つけたいのです。」


**A氏**「君は変わったよ、B。でも、変わったのは表面だけで、核心は同じままだ。10年という時間は、私たちの外見や考え方を変えたかもしれないけれど、魂の色までは変えられなかった。それが私たちが何度も引き寄せられる理由かもしれない。磁石のプラスとマイナスのように、互いを求め合う何かがあるんだ。でも、時には反発しあうこともある。それが関係性の複雑さだね。君の言うように、死ぬまでの道のりを一人で歩む必要はない。でも、誰と歩くかで景色は大きく変わる。君と歩けば、私は常に挑戦され、時には傷つき、それでも成長する。他の誰かと歩めば、もっと平坦で安全な道かもしれない。でも、そこに冒険はない。私は矛盾している。安全を求めながらも、冒険に憧れる。静寂を愛しながらも、君との激しい議論に生きがいを感じる。そんな私を君は受け入れてくれるだろうか?全ての矛盾と欠点を含めて。」


**B氏**「矛盾こそが人間の本質ではないでしょうか。私たちは皆、光と影を抱えた存在です。あなたの中の矛盾を受け入れることは、人間そのものを受け入れることと同じです。安全と冒険、静寂と喧騒、それらの狭間で揺れ動くあなたの姿は、まるで海のようです。時に穏やかで、時に荒々しく、でも常に深みがある。あなたは私に尋ねました、あなたを受け入れられるかと。答えはイエスです。ただし条件があります。あなたも私の矛盾を受け入れてくれること。強さを装いながらも内に秘めた弱さ、理性的であろうとしながらも時に感情に流される側面、そして何よりも、あなたから離れようとしながらも、常にあなたの元に戻ってくる愚かさ。私たちは似ています、A。似ているからこそ、互いの傷みがわかる。だからこそ、時に最も深く傷つけ合う。でも、それが私たちの関係の真実なのでしょう。完璧ではなく、時に痛みを伴うけれど、その痛みさえも含めて愛おしいと思える関係。もう一度尋ねます。あなたは私の全てを受け入れられますか?」


## 第三幕


部屋の空気が張り詰め、二人の息遣いだけが聞こえる。


**A氏**「君の全てを受け入れるか...それは大きな質問だね。哲学者は言ったものだ、「人を本当に知ることは不可能だ」と。私たちは互いのほんの一部しか見ていない。表面的な言動や、たまに垣間見える内面の断片だけを。それでも、私は君を知っていると思い込んでいる。それが愛というものの傲慢さかもしれない。でも、それでいい。私は君の見せてくれる部分も、隠している部分も、まだ君自身も気づいていない部分も含めて、全てを受け入れたいと思う。それが可能かどうかはわからない。人間の能力には限界がある。でも、少なくとも努力することはできる。そして、その努力の過程こそが愛なのかもしれない。完璧な理解ではなく、不完全な理解を受け入れる勇気。それが私たちに求められているものだと思う。だから、答えはイエスだ。私は君の全てを受け入れようと努力する。そして、その努力が足りないとき、君が私を許してくれることを願う。」


**B氏**「あなたの言葉には、いつも哲学的な深みがあります。「人を本当に知ることは不可能だ」という言葉は確かに真実かもしれませんが、それでも私たちは互いを知ろうと努力し続ける。それが人間の美しさであり、哀しさでもあります。あなたが私を完全に理解することはないでしょう。私もあなたを完全に理解することはできない。でも、理解しようとする姿勢、その意志だけでも十分なのかもしれません。あなたの「イエス」という答えに、私は心から感謝します。そして、あなたの努力が足りないとき、私が許すように、私の努力が足りないときも、あなたが許してくれることを願います。これは契約ではなく、祈りです。二人の不完全な人間が、完全な関係を目指す旅への祈り。あなたは覚えていますか?あの雨の日、私たちが初めて言い争ったとき、最後にあなたが私に言った言葉を。「どんなに争っても、最後には同じ場所に戻ってくる」と。当時は意味が分かりませんでしたが、今なら分かります。その「場所」とは、互いへの信頼と尊重、そして愛なのだと。私たちはこれからも争うでしょう。意見が合わず、言い合いになることもあるでしょう。でも、最後には必ず、この場所に戻ってくる。それが私たちの約束です。」


**A氏**「雨の日の言い争い...懐かしいね。あの時は若かった。情熱的で、頑固で、自分の正しさを証明することに必死だった。今思えば滑稽なほどに。でも、その言い争いがなければ、今の私たちはなかったかもしれない。傷ついたからこそ癒し方を学び、壊れたからこそ修復の大切さを知った。「同じ場所に戻ってくる」...そうだね、それが私たちの運命なのかもしれない。離れても、また引き寄せられる。それは単なる慣性ではなく、魂の選択なんだと思う。君と過ごす時間は、常に濃密で、時に苦しく、それでも豊かだ。他の誰とも違う特別な時間。それがなければ、私の人生は平坦で味気ないものになっていただろう。だから感謝している、君という複雑なパズルと出会えたことに。完成することのないパズルだけど、それを解き続けることに喜びを感じる。そして、最後の一片が見つからなくても、それはそれで美しいと思える。不完全さの中にこそ、真の美があるのかもしれないから。」


**B氏**「不完全さの中の美...あなたの言葉は時に詩のようですね。そう、私たちは不完全です。欠けていて、傷ついていて、それでも前に進もうとする。日本には「金継ぎ」という技術がありますね。壊れた陶器を金で修復し、その傷跡を美として捉える考え方。私たちの関係もそれに似ているかもしれません。ひびが入っても捨てず、むしろその傷跡を金で埋めるように大切にする。そうすることで、元の形よりも美しく、強くなる。あなたが言う「複雑なパズル」...それは私にとっても同じです。あなたという謎めいた存在を理解しようと、私はこれまで何度も挑戦してきました。そして、理解できない部分があっても、それを受け入れる術を学びました。それが愛というものなのでしょう。あなたは「魂の選択」という言葉を使いましたが、まさにその通りだと思います。私たちは無数の可能性の中から、互いを選び続けている。それは時に意識的に、時に無意識に行われる選択です。そして、その選択の連続が私たちの物語を紡いでいく。この物語に終わりはあるのでしょうか?それとも永遠に続くのでしょうか?答えはわかりません。ただ、今この瞬間、あなたと向き合っていることが、私にとっては十分な幸せです。」


## 終幕


部屋には柔らかい光が差し込み始め、二人の表情が少しずつ和らいでいく。


**A氏**「物語に終わりがあるかどうか...哲学的な問いだね。線形の時間で考えれば、全ての物語には終わりがある。人生という物語も例外ではない。でも、円環的な時間で考えれば、終わりは新しい始まりでもある。だから、私たちの物語は形を変えながら続いていくのかもしれない。現世で終わっても、記憶の中で、あるいは別の次元で再び始まる可能性もある。それを信じるかどうかは個人の自由だけど、私は信じたいと思う。君との出会いが単なる偶然ではなく、何かの導きだったと。そして、別れがあったとしても、それは一時的なものだと。永遠という概念は人間には理解しがたいものだけど、瞬間瞬間の中に永遠を感じることはできる。今、この瞬間のように。君の目を見ていると、時間が止まったような感覚になるんだ。それが永遠というものの一片なのかもしれない。だから、私は恐れない。物語の終わりが来ることも、別れが来ることも。なぜなら、本当の意味での終わりなど存在しないと信じているから。」


**B氏**「あなたの言葉には常に深い慰めがあります。「本当の意味での終わりなど存在しない」...その考えに、私も同意します。私たちが経験する「終わり」は、実は新しい次元への扉なのかもしれません。科学者は言います、エネルギーは消滅せず、形を変えるだけだと。私たちの関係も同じではないでしょうか。形を変えながらも、本質は永続する何か。あなたの目に映る私の姿、私の目に映るあなたの姿、それらは日々変化していきます。歳を重ね、経験を積み、少しずつ異なる人間になっていく。それでも、核心にある何かは変わらない。それが魂というものなのかもしれません。あなたとの出会いから今日まで、私たちは様々な形で関わり合ってきました。恋人として、友人として、時には敵のように対立し、また和解して。その全てが私たちの物語を豊かにしてきたのです。だから、たとえ明日別れることになっても、私は後悔しないでしょう。あなたと過ごした時間は、私の人生の宝物だから。でも、できることなら、この先もずっと一緒に歩んでいきたい。新しい朝を迎えるたびに、あなたの横顔を見ていたい。それが私の願いです。」


**A氏**「君の願いは、私の願いでもある。新しい朝を一緒に迎えること。それは単純なようで、実は最も贅沢なことなのかもしれない。日常の中の非日常、平凡の中の特別。それが私たちの関係の本質なんだと思う。特別な日だけでなく、何気ない日々を共有できること。それこそが本当の豊かさではないだろうか。思えば長い道のりだった。出会いから今日まで、私たちは互いを通して成長してきた。時に互いを傷つけながらも、癒しながらも。そして今、ここに至る。このテーブルを挟んで向かい合い、言葉を交わす。単純なようで、奇跡的な光景。無数の可能性の中から、私たちは互いを選び続けてきた。これからも選び続けるだろう。どんな形であれ、どんな距離であれ。なぜなら、それが私たちの物語だから。終わりのない、あるいは終わりが新しい始まりである物語。さあ、新しい章を始めよう。君と共に。」


**B氏**「新しい章...素敵な響きですね。私たちの物語はまだ続いていく。山あり谷ありの道を、時に走り、時に歩き、時には立ち止まりながらも、共に進んでいく。あなたが言うように、日常の中の非日常、平凡の中の特別。それこそが私たちの目指すべきものなのかもしれません。華やかな瞬間よりも、静かな幸せを。派手な言葉よりも、心からの微笑みを。そして、何より大切なのは、互いの存在を当たり前と思わないこと。毎日が贈り物だと感じること。あなたとの出会いは、私の人生最大の贈り物でした。そして、これからも贈り物であり続けるでしょう。さあ、新しい章を始めましょう。外の世界はどんな顔をしているでしょうか?太陽は輝き、風は吹き、人々は行き交う。その中に私たちも混ざり、物語を紡いでいく。手を取り合って、一歩ずつ前に。あなたと共に歩む道は、どんな険しさも乗り越えられると信じています。なぜなら、私たちはすでに多くを乗り越えてきたから。これからも、ずっと。」


室内の青い電球が消え、外からの自然光だけが二人を照らす。A氏とB氏は立ち上がり、互いの手を取り、静かに部屋を出ていった。彼らの物語は、また新たな舞台へと移っていく。


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