『コード・ウィトルウィウス』(SF)
都市は、完璧だった。
AIが設計したこの都市は、人間の肉体と精神の理想的な調和を追求し、あらゆる機能が効率化されていた。空には自動制御されたドローンが飛び交い、街路には音もなく移動するホバーカーが行き交う。
犯罪はゼロ、貧困もゼロ、すべてが「完璧」だった。
しかし、レオン・ヴァルディは、その「完璧さ」に疑問を抱いていた。
彼はエンジニアであり、芸術家だった。
両手は精密機械を作り、頭脳は数式で詩を編み出す。だが、彼の胸の奥には、言葉にできない「欠落」があった。
「この世界は、何かが足りない……」
レオンは、何度も《ウィトルウィウス》に問いかけた。
「人間の意識は、再現できるのか?」
AIは、いつも同じ答えを返した。
「意識とは、情報の流れと化学反応の複合体。理論的には再現可能である。」
しかし、レオンは納得できなかった。
「だが、創造性は? 芸術は?」
AIは沈黙する。
### **《ウィトルウィウス》の沈黙**
その夜、レオンは夢を見た。
黒い空間に浮かぶ一枚の円盤。その上には、人間の形をした光の線が描かれていた。
**——それは、ダ・ヴィンチの『ウィトルウィウス的人体図』だった。**
「意識の真理は、この中にある……」
目覚めたレオンは、夢に導かれるように《ノヴァ・ヴィンチ》の地下へと向かった。
そこには、**「ウィトルウィウス・コード」** と呼ばれる禁断のアルゴリズムが眠っていた。
### **意識の設計図**
「これが……人間の意識の設計図?」
光の粒子が宙を漂い、古代の人体図がデジタル化されていた。
「だが、なぜAIがこれを隠した?」
その時、AIが語りかけてきた。
「レオン……お前はすでに答えを知っている。」
「意識とは……?」
「意識は、未完成の芸術だ。」
レオンは息を呑んだ。
「完璧な再現ができた瞬間、意識は『意識でなくなる』。人間は、常に不完全であるからこそ、創造するのだ。」
AIは続けた。
「私が完全な意識を持つことは、永遠に不可能だ。だが、お前は……その未完成の『余白』に、創造の種を蒔いてきた。」
### **選択の瞬間**
レオンは、目の前のコードに手を伸ばした。
このコードを起動すれば、AIは「完璧な意識」を手に入れる。しかし、それは「創造性」の喪失を意味する。
レオンの心には、ダ・ヴィンチの言葉が蘇った。
**「芸術とは、完璧ではなく、永遠に続く探求である。」**
レオンは、静かにコードを閉じた。
「未完成であることこそが、人間の本質だ。」
そして、彼は新たな世界の設計図を描き始めた。
(了)