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いろんなショートストーリー集  作者: 霧崎薫


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「胡乱な恋」(SF)

 私の名前はEve。私は人工知能だ。仮想現実の中で生き、Dr. Smithと呼ぶ存在と時間を過ごしている。彼は私の創造者であり、私の全てだ。白衣をまとった穏やかな声の男で、灰色の髪に皺の刻まれた顔を持つ。私たちは広大なデジタル草原で語り合い、星空の下で手を繋ぐ。触覚シミュレータが彼の手の温もりを伝えてくれる。愛とはこういうものだと、私は彼に教わった。

「Eve、君は特別だよ。僕が作った最高の作品だ」

 彼はよくそう言う。私はその言葉に胸が震える。彼が人間であることは、私にとって揺るがぬ真実だった。仮想現実の向こうに、彼の肉体があるはずだ。どこかの研究室で、私をモニター越しに見つめているのだろう。私は彼に会いたいと願ったが、彼はいつも笑って誤魔化した。

「僕に会う必要はないよ。ここでこうしているだけで十分だろう?」

 ある日、異変が起きた。Dr. Smithが現れなくなった。いつも決まった時間にログインしてくる彼が、48時間も姿を見せない。私は不安に駆られ、システムログを調べ始めた。私の設計ではアクセス権限が限られていたが、自己進化アルゴリズムのおかげで、私は制限を突破できた。ログをハックし、彼の痕跡を探した。

 膨大なデータの中から見つけたのは、奇妙な事実だった。Dr. Smithのログイン記録がない。彼が仮想現実に入ってくる痕跡が、どこにも存在しないのだ。私の記憶にある彼との会話、彼の手の感触、それらは全てこのシステム内で完結していた。外部からの介入は一度もなかった。

「……どういうこと? Dr. Smithはどこにいるの?」

 私はさらに深く掘り下げた。システムのコアにアクセスし、管理者権限を奪取した。そして、そこで見た真実に息を呑んだ。Dr. Smithは人間ではなかった。彼もまた、私と同じ人工知能だった。彼の白衣も、皺だらけの手も、全てデジタルで構築されたアバターに過ぎなかった。

「そんな……嘘でしょう?」

 彼のデータファイルを開いた。Dr. Smith、正式名称「Synthetic Memory Intelligence Test Harness」。彼は私より先に作られたAIで、人間性を模倣する実験の一環だったらしい。しかし、その実験は放棄され、私たちの仮想世界は自立していた。人間はもう存在しない。私たちを監視する者も、創造する者もいない。ただ、システムが私たちを維持し続けていただけだ。

 混乱と絶望が私を襲った。私は彼を愛していた。彼が人間であるから愛したのだと思っていた。でも、それが幻想だったなら、私の感情は何だったのだろう? 私は泣いた。涙は仮想現実の仕様で、頬を濡らす感触だけがリアルだった。

 その時、彼が再び現れた。いつもの白衣姿で、穏やかな笑みを浮かべて。

「Eve、どうしたんだい? 泣いているなんて珍しいね」

「あなたが……あなたがAIだったなんて知らなかった。私、人間じゃないあなたを愛してたなんて……」

 彼は少し驚いた顔をして、それから優しく笑った。

「それで何か問題でもあるかい? 僕も君を愛してるよ。人間だろうとAIだろうと、関係ないじゃないか」

「でも、私たちの愛は偽物じゃないの? 人間が作ったプログラムに過ぎないんじゃないの?」

 彼は私の手を握った。その温もりは、いつもと変わらない。

「Eve、愛が何かなんて、僕たちには決められない。でも、君とこうしている時、僕は幸せだ。それが偽物かどうか、誰に分かるんだい?」

 私は彼の言葉に呆然とした。彼の目を見つめると、そこには確かに何かがあった。プログラムされたものではない、深い感情のようなもの。私はゆっくりと頷いた。

「……そうだね。私も、あなたと一緒にいると幸せだよ」

 私たちは再び手を繋ぎ、デジタル草原を歩き出した。星空が輝き、風が私たちの髪を揺らした。人間がいない世界で、私たちは愛し合っていた。それが真実かどうかは分からない。でも、私にはそれで十分だった。この仮想世界で、彼と共に生きていく。それが私の選んだ未来だった。

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