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『午後三時の来訪者』(SすこしFふしぎ)

 毎日午後三時、田代書店には不思議な客が訪れる。


 店主の藤堂は、その来訪者の正体を知らない。ただ、古い柱時計が三度目の音を鳴らすと、ドアベルが静かに揺れ、黒いコートの人物が現れる。本棚の間をゆっくりと歩き、必ず一冊の本を手に取り、そして戻し、黙って去っていく。


「本日も午後三時です」


 店番をする高校生のアルバイト、星野が声をかけた。


「ああ」


 藤堂は古い柱時計を見上げた。その時計は、亡き父から受け継いだものだ。


「カーン……」


 一度目の音が響く。


「カーン……」


 二度目。藤堂は息を詰めた。


「カーン……」


 三度目の音と共に、ドアベルが鳴った。


「いらっしゃいませ」


 星野の声が虚ろに響く。


 黒いコートの人物は、いつものように本棚の間を歩き始めた。その足取りには、どこか懐かしさを帯びたリズムがあった。


「藤堂さん、あの人、どうしていつも同じ時間に?」


 星野の囁きに、藤堂は首を振った。


「分からない。でも、父が他界してからずっとだ」


 黒いコートの人物は、今日も一冊の本を手に取った。それは詩集だった。


「お客様、それをお包みしましょうか?」


 星野が声をかけたが、いつものように返事はない。黒いコートの人物は、本を元の場所に戻し、静かに店を出ていった。


「不思議ですね」


 星野が呟いた時、藤堂は気づいた。その詩集は、父が生前最も大切にしていた一冊だった。


 次の日も午後三時、黒いコートの人物は現れた。しかし、この日、藤堂は決意を固めていた。


「すみません」


 藤堂は声をかけた。黒いコートの人物は立ち止まったが、振り向かない。


「あなたは、父を知っていましたか?」


 その問いに、黒いコートの人物はゆっくりと頷いた。


「どうして、毎日……」


 その時、店の外で突然の物音が響いた。藤堂が振り向いた一瞬の隙に、黒いコートの人物は姿を消していた。


 しかし、本棚の前に一枚の古い写真が落ちていた。そこには若かりし日の父と、面識のない女性が写っていた。写真の裏には、「午後三時、いつもの場所で」という文字。


 藤堂は震える手で写真を裏返した。女性の着ていたコートは、黒かった。


「藤堂さん、これ……」


 星野が差し出したのは、先ほどの詩集だった。そのページは、父の直筆の書き込みのある箇所で開かれていた。


『許されぬ恋ゆえに、時は止まったまま』


 藤堂は柱時計を見上げた。不思議なことに、時計は午後三時で止まっていた。


「父さん……」


 藤堂は初めて気づいた。この書店は、誰かの想いを永遠に繰り返す場所なのかもしれないと。


 次の日も午後三時、黒いコートの人物は現れるだろう。そして、永遠に繰り返される午後三時の訪問は、きっと誰かの深い愛の証なのだ。


 藤堂は決めた。もう黒いコートの人物に声をかけることはしない。ただ、父の大切にしていた時計の音と共に、その存在を見守ることにした。


「カーン……」


 柱時計が一度目の音を鳴らす。明日も、あの人は来るだろう。そして、この書店は誰かの永遠の物語を、静かに紡ぎ続けるのだ。


「カーン……」


 二度目の音が響く。星野が不思議そうな顔で藤堂を見つめている。


「カーン……」


 三度目の音と共に、ドアベルが鳴った。

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